苫米地博士の近刊がまた非常に面白いです!
これは必見。いや必読!!
『老い方をいますぐ、アップデート 老害にならずに「第二の人生」を生きるヒント』というタイトルです。
生成AIにこの本の内容について質問したら、「老い方をいますぐにアップデートする方法について書いてあります。あなたが老害になることなく、「第二の人生」を楽しく健やかに生きるヒントがたくさんあります!」とか答えてくれそうです。
それっぽい嘘を吐くのが生成AIです。
この本にもありますが、2025年4月Chat GPTを運営するOpenAIはChat GPTのハルシネーション発生率を発表しています。ハルシネーションとは間違った答えのことです。結果は是非、本書をご覧いただきたいのですが、すごいことになっています(まさかほぼ8割とは、、、、)。
だからこそ、肉体を持った我々が著者の身体性を感じつつ読みたいのです。
「老害にならずに「第二の人生」を生きるヒント」というお題に対して、Dr.Tはこう言います。
「第二の人生なんてあるわけがありません。人生は一つ、ずっとひとつながり」です、と。
これはまさにその通りであり、我が意を得たりです。
「第二の人生を生きるヒント」が「第二の人生なんてあるわけがありません」とは大爆笑ですが、まさに面目躍如です!
そして、主要なテーマである「老い」とは何かについても、ばっさりとこう答えます。
老いとは自然の法則そのものである、と。
この抽象度の高さこそが、苫米地博士です!!
ここで、物体の落下というポテンシャルエネルギーの話から、時間の話し、エントロピーの増大に話が並べられていることに注目です。
エントロピック重力理論においては、重力現象とはエントロピー現象でした。高いところから低いところに水が流れるのは、エントロピーが小さいところから大きいところへの移動でした。そして、高いところは時間が早く流れ、低いところは時間がゆっくり流れます。究極的にはブラックホールの表面でありイベントホライズン(事象の地平面)においては、時間は止まります。光も脱出できないと言いますが、時間が流れなければ脱出しようがありません。これがインターステラーのウラシマ効果です(ブラックホールの近くをかすめると、時間がゆっくり流れます)。
で、何が言いたいかと言えば、このシンプルな3行の中に「老い」と「エントロピー」と時間と重力がさらっと同じものとして紹介されているということです。エレガントです。
そして、僕自身は九寨溝で伺った話である(我々がフラットランドと呼んでいる)「魂」の話があります。
超次元空間の情報が物理空間を通過するときに生命という形を取るのです。
3次元球が2次元空間を通過する時、それは染みのような点から始まり、それが次第に大きくなり、巨大な円となり、そしてそれがまた小さくしぼんでいき、最後にはまた点となり消えてしまいます。
これは超次元空間の存在が物理空間を通過するのと同じです。
この世という狭い次元空間を通り抜けている間だけ、私たちは「生きている」と感じている、ということです。
私たちの人生も、それとまったく同じです。何もないところから点として生まれ、少しずつ存在感を増しつつ、やがてまた点になって消えていく。点が生まれた瞬間であり、大きくなっていくときが成長期であり、しぼみ始めたらそれが人生の後半戦ということです。
ただし、それは二次元の平面で見た場合です。
実は、本体はもっと高次元の存在であって、三次元空間を通り抜けている間だけが実体となっています。つまり、この世という狭い次元空間を通り抜けている間だけ、私たちは「生きている」と感じている、ということです。
そして、今回は「ミッション」という概念が始めて導入されました。
ミッションは「ゴールのど真ん中で自分がやるべき行動の指針」
ゴールとは、「自分の現状の外にあるもので、いまの自分では達成できないながらも、心の底からこうありたいと思う世界」のことです。一方、ミッションは「ゴールのど真ん中で自分がやるべき行動の指針」です。
これは重要な指摘です。
この「ミッション」と重ねて読みたいのが、「毒矢の喩え」です。
僕が知る限り、T理論で繰り返し言われたのが、この「毒矢の喩え」と「寝言は寝てから言え」(死後の世界については無記)でした(イエスに言わせれば、死者は死者に葬らせよ、とでもなるのでしょうか、ちょっと違うか。ポイントは死後の世界は死後に考えよ、ということです。面白いことにインド占星術でも前世や来生について同様に言います。前世は終わったのだから、考えなくて良いし、来生は来生で考えよ、と。イエスも「だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。(マタイ6ː34)」と言います。これは僕はすきな聖句の一つ)。
だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。(マタイ6ː34)
そして、ラストに「毒矢の喩え」!
これは声に出して読みたいT理論!!
考えるのではなく、行動です。そして、その行動とは、まさにやることをやるだけでいいのです。(苫米地英人)
「いまやることをやる」とは「Just do it」を思い出し、Nikeはサマリア人の喩えを思い出します。すなわち、「毒矢の喩え」は「善きサマリア人の喩え」となるのです。
寺子屋「聖書学」の受講者はサマリア人の譬えは読んでおいてください。
一応、Wikisourceから引用を載せます。ルカ10章25
(引用開始)
するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。
彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」。
彼は答えて言った、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。
彼に言われた、「あなたの答は正しい。そのとおり行いなさい。そうすれば、いのちが得られる」。
すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」。
イエスが答えて言われた、「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中、強盗どもが彼を襲い、その着物をはぎ取り、傷を負わせ、半殺しにしたまま、逃げ去った。
するとたまたま、ひとりの祭司がその道を下ってきたが、この人を見ると、向こう側を通って行った。
同様に、レビ人もこの場所にさしかかってきたが、彼を見ると向こう側を通って行った。
ところが、あるサマリヤ人が旅をしてこの人のところを通りかかり、彼を見て気の毒に思い、
近寄ってきてその傷にオリブ油とぶどう酒とを注いでほうたいをしてやり、自分の家畜に乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。
翌日、デナリ二つを取り出して宿屋の主人に手渡し、『この人を見てやってください。費用がよけいにかかったら、帰りがけに、わたしが支払います』と言った。
この三人のうち、だれが強盗に襲われた人の隣り人になったと思うか」。
彼が言った、「その人に慈悲深い行いをした人です」。そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。
(引用終了)
ここで言う隣人愛とイエスの意図(言いたいこと)をより深く考えると、ヨハネの第一の手紙となります。ただこれは少し律法学者風に「定義」に戻ってしまう気がします。
イエスがいいたいのは、定義などできないから、Just do it!ということです。
Then go and do the same thing,(“Go, and do thou likewise.”KJV)
結論らしきものをあえて言うならば、「自分がいま通り抜けているこの三次元空間で、どれだけ他者のために生きられるか」ということです!
というわけで、舌骨ラピュタセミナーお楽しみに!!!
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