眠れないとき、私は夢を見る(ウィフレド・ラム)
ニューヨークと言うと、ジョン・クランコを思い出します。
ニューヨークで絶賛され、「シュツットガルトの奇跡」と称されたのもニューヨークであれば、機内で45歳の若さで急逝したのもニューヨークからのシュツットガルトへの帰国の便でもありました。
そのジョン・クランコの映画が日本でも3月から公開されます。
*マリシア・ハイデをエリサ・バデネス姉さんが演じます!そしてフォーゲル様がご出演!ジェイソン・レイリーも!(まさにシュツットガルト総出演の様相を)
*マイケルの甥がマイケルを演じるくらいにエモいです!
バレエファンであれば、ジョン・クランコの名前も「シュツットガルトの奇跡」のことも良く知っているでしょう(というか耳にしたことがあるでしょう)。
というか書きたいことがたくさんあるのですが、なかなか言葉にできません(むしろ、「伝われ!」と思ってしまう)
「過去は関係ない」というのは苫米地理論における非常に重要なプリンシプルですが、しかし一方で我々は縁起の網の目の中の結節点でもあります。縁起として考えると、過去もまた現在であり、そして未来なのです(ちょっと意味不明な物言いですが、それこそ伝わって欲しい)。
ミヒャエル・エンデが「はてしない物語」の中で描こうとしているものの一つが(僕の勝手な想像ながら)、書いている時間と読んでいる時間は混ざり合い、どちらが過去でどちらが未来ということは無いというものだと勝手に思っています。もちろん時間という仮説を信じるならば、書いたのが過去であり、読むのは未来でしょう。でも文章を書くものは理解しているのは、文章も(踊りも同様に)読まれない限りはそれは存在しないのです(踊りも観てもらって完結する芸術です)。
よくドクターが双方向性ということをおっしゃっていました。プラトンが書いたから、我々が読んでいるのも真実ならば、我々が読んでいるからいまプラトンが生じているの真実だ、と。
♫Make believe I'm everywhere
I'm hidden in the lines
Visions on the pages
Is the answer to our never ending story
Reach the stars
Fly a fantasy
Dream a dream
And what you see will be♫
(私がどこにでもいると想像して
私は行間に隠れている
ページに描かれた幻影
それが終わりのない物語の答え
星に手を伸ばせ
空想を羽ばたかせ
夢を見続けろ
そうすれば見えるだろう)DeepL訳
私はどこにでもいるわ
どのページの中にも
そこに書かれたものは
終わりのない物語の答え
星をつかみ
空想の世界へ飛びたとう
夢をみるんだ
未来の夢を
c.f.昭和世代のための洋楽カラオケ講座! 第16回 「ネバーエンディング・ストーリー」
その上でクランコに関して、話したいことをつらつらと並べていきます!
ドイツの地方バレエ団を芸術監督、振付家として、一気にヨーロッパ有数のバレエ団に育て上げ、ニューヨーク公演で大成功させ「シュツットガルトの奇跡」と評されます。ニューヨークで3回目の成功の帰りの飛行機で急逝します。
クランコ亡きあと、クランコのミューズであったマリシア・ハイデが芸術監督を継ぎます。
クランコはたくさんの素晴らしい作品を残していますが、代表作は「オネーギン」。
これはパリ・オペラ座のエトワールであり「神様」と評されたマニュエル・ルグリさんが生涯を通じて踊りたいと願った作品です(オペラ座引退のギリギリになって主演されました)。
また、これは東京バレエ団の悲願でもありました(特にバレリーナとしての斎藤友佳理さんにとって悲願であり)(そして今秋上演されます)。
南アフリカで生れ、18歳で渡英し、サドラーズ・ウェルズ・バレエ学校(現在のロイヤル・バレエ学校)で学びつつ、同・シアター・バレエ団(現バーミンガム・ロイヤル・バレエ団)の公演にも出演したそうです。ダンサーとしての活躍の一方で南アフリカにいたころから振付を始めており、その才能はあのニネット・ド・ヴァロアに認められるほどでした。ニューヨークとの縁も深く、イギリスに巡演に来ていたバランシンの依頼で、ニューヨーク・シティ・バレエに振り付けをしたりもしています。その同じ年に23歳という若さで、サドラーズ・ウェルズ・シアター・バレエ団、すなわち今のバーミンガム・ロイヤル・バレエ団の常任振付家となるばかりか、翌年にはサドラーズ・ウェルズ(現在のロイヤル・バレエ団)向けにも振付しています!(その英国ロイヤル・バレエ団はこの夏に来日!)。
二十代前半にバーミンガムとロイヤル・バレエに振り付けというのは本当にすごいのですが、当時はアシュトン全盛時代。そして、チューリングと同じく同性愛を疑われ(同性愛が犯罪だった世界線だったので)、10年後(1960年)、ドイツに渡ります。
そこからが「シュツットガルトの奇跡」のスタートです。
ドイツの地方都市のバレエ団が世界から求められるバレエ団に生まれ変わり、ここニューヨークでも大成功を収めます。
クランコは創作も素晴らしいばかりか、多くの才能も育てます。
マリシア・ハイデとリチャード・クラガンのお二人はもとより、ケネス・マクミラン、ピーター・ライト、ジョン・ノイマイヤー、イリ・キリアンなども輩出しています!
(ちなみに井脇幸江さんはジョン・ノイマイヤーやキリアン作品を多く踊り、モーリス・ベジャールのミューズのお一人でもいらっしゃいました)。
ニューヨークからの帰りの飛行機で急逝したのち、常任振付家として就任していたアメリカ人振付家ジョンテトリーが芸術監督をピンチ・ヒッターでしのぎ、そしてマリシア・ハイデにバトンタッチします。
マリシア・ハイデはクランコ作品を守ると同時に、新人の振付家にチャンスを与えます。それが今となっては錚々たるメンバーだったのもまた奇跡(いや必然)。
たとえば、後のNDTの芸術監督となるハンス・ファン・マーネンやモーリス・ベジャール、ウィリアム・フォーサイス、イリ・キリアンと、凄すぎるメンバーです。
c.f.2025年12月18日 振付家、ハンス・ファン・マーネン氏ご逝去の報を受けて(新国立劇場バレエ)*バレエ界のモンドリアンとも言われたハンス・ファン・マーネン氏。
マリシア・ハイデはクランコ以外にも多くの振付家のインスピレーションを与える存在でした。その中に先日のNBSのZenith of balletでジル・ロマンが演じた「椅子」もあります。
それに関連して、マリシア・ハイデからのメッセージ!
このたび、バレエ界のレジェンド、マリシア・ハイデより日本のお客様へのビデオメッセージが届きました。 シュツットガルト・バレエ団のプリマ、芸術監督であったマリシア・ハイデは、1982年~1994年まで5回続けて世界バレエフェスティバルに出演し、パートナーのリチャード・クラガンとの数々の名舞台で日本のバレエファンに強い印象を与えました。 また彼女とジョン・ノイマイヤー(ハンブルク・バレエ団芸術監督)が1994年に本フェスティバルで演じ、屈指の名舞台としてファンの間で語り草になっている「椅子」(モーリス・ベジャール振付)が、今回はジル・ロマン(現モーリス・ベジャール・バレエ団芸術監督)とアレッサンドラ・フェリによって上演されます。
いやいや、本当に長くなってしまうし、字数制限の天井がすぐ来てしまうので、ここらへんでストップします。
MoMA(ニューヨーク近代美術館)では、ウィフレド・ラム展が4月11日まで開催しているそうです!
こちらはそのウィフレド・ラムの言葉。
When I
Don't Sleep,
I Dream
眠れないとき、私は夢を見る(ウィフレド・ラム)
MoMA「Wifredo Lam When I Don’t Sleep, I Dream」(4月11日まで!)
夢繋がりで、「I dreamed a dream(夢破れて)」の話をしながら、「I dream a dream」(ネバーエンディングストーリー主題歌)でありましょうと書きつつ、どう「黄色いレンガ道」から逃れるかなどを書こうと思っていたのですが、最後はオノ・ヨーコさんの言葉で締めます!中締めです!
A dream you
dream alone
is only a dream.
A dream you
dream together
is reality.
Yoko Ono
(一人で見る夢は
ただ夢に過ぎない
共に見る夢こそ
現実となる
―オノ・ヨーコ)





