これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました(ルカ10ː21) | 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ

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 たったひとつ、単純な事実に気づけば、人生は可能性がずっと開けたものとなる。(ジョブズ)

 

「大事なことは目には見えないんだよ」と星の王子さまの中で語られますが、なぜ目にも見えず、心にも映らないかと言えば、言葉が無いからなんだよ、と思います。幻想や妄想や洗脳に関しては、不要なほどに言葉が溢れているのに、大事なことに関しては、言葉がないのです。

 

 

 

と、ジラール先生もおっしゃっています。

ことばの欠如」と。

 

 

 したがってキリストの行為は、あらゆる点で、善良な娼婦の行為と並行していますし、この娼婦のうちに考えうるかぎり完全な「キリストの姿」を認めなければなりません。キリストは人間を生かすために死を受け入れます。その行為を供犠と定義することは、たとえわれわれにその行為を意味することばやカテゴリーが欠けているにしても、避けなければなりません。ことばの欠如自体が、神話や哲学や実用主義の知恵ではその片鱗さえもつかめないような行為が問題になっているということを、よく暗示しています。(pp.391-392 「世の初めから隠されていること」)

 

 

ナシーム・ニコラス・タレブが「反脆弱性」と造語したのは記憶に新しいでしょう。ヤマタノオロチの伝説はあっても、その性質を記述する概念が言語化されていなかったのです。

 

 

 

逆にトリガーたる言葉が新しく作られ、そしてその経験ができ、概念が理解できれば、一瞬で新しいパラダイムへ移動できます。

 

気の早い講師はもうOMSで伝えることは伝わったのではないかと拙速にも感じています。特に前回の「認知戦の科学」を経ることで、完全に伝わったような気がしています(そして次へ行きたい!)。いや、一年は継続します!( ー`дー´)キリッ

 

それを「思考の思考」とか、「パターンのパターン」と呼びました。もしくは「フレームのフレーム」と。

 

本当かどうかは別としてガウス少年の逸話(自然数列の和)を考えると、それはそのままナシム・ニコラス・タレブの早口言葉の解題につながります。

 

 

私たちは、私たちは学ばないということを私たちは学ばないということを自然とは学ばない(ナシーム・ニコラス・タレブ)

 

この文法を理解しようとすると、なかなか厄介であることに気付きます。

読んでみると分かった気がするのですが、構造が取れていなければ、理解には程遠いのです。

でも、構造が取れません。

どれが主語で述語なのか分かりません。

 

 

でも、人間も訓練しないと、階層性は認識できません。

再びタレブの文章を見て、考えてみましょう。

 

私たちは、私たちは学ばないということを私たちは学ばないということを自然とは学ばない(ナシーム・ニコラス・タレブ)

 

なぞなぞのような文章です。

 

驚くサル、驚愕の表情

 

この文章を脳内で立体的に構造が取れれば、OKです。

 

階層性(レイヤー)を認識できずに、べったりと理解しようとしてはアウトです。

 

 

ただ、丁寧に読むならば、構造はシンプルです。

 

私たちは、ーーーーーーーーーーーーーことを自然とは学ばない

 

がベースとなる第一階層です。

 

「ことを」とあるので、目的語です。目的語部分が節になっています。

SVOで言えば、私たちはがS(主語)で、学ばないがV(動詞:述語)です。

その目的語が「私たちは学ばないということを私たちは学ばないということ」となります。

なぜ目的と分かるかと言えば、「を」があるからです。

 

そしたら、その目的語というか目的節の部分の分析です。

 

「私たちは学ばないということを私たちは学ばないということ」から、「私たちは学ばないということを私たちは学ばない」を取り出すと、

 

「ーーーーーことを私たちは学ばない」というSVOが取れます。

 

私たちは」がSで、学ばないがVです。

「ことを」以前が目的のOです。

これが第二階層です。

 

そして残った部分が第三階層になります。

 

「私たちは学ばないということを」の「私たちは学ばない」が三階です。

 

ですので、構造化すると、

 

私たちは学ばない

        ということを

 

「(ーーーーーーー)私たちは学ばない」

        

       ということを

 

私たちは、(以上のことを)自然とは学ばない

 

 

という構造になります(いや、むしろ分かりにくいかも。ご自身の手を動かしながら、まとめてくださいm(_ _)m)。

 

白いインナーを着た女性の体

 

この三層構造を正確に取ることが重要です。

大事なのは意味ではなく、構造です。

構造があって、そのあとに意味があります。

これを逆にする人が多いのですが、それは主客転倒しています。

というか、そのことで誤読することが多いのです。

自分が読みたいものを投影してしまいます。

 

 

これも手を動かして、どれとどれが対応するかを考えながら、調べながら構造を取ることが大事です。

Semantics(意味論)から入らないで、Syntax(統語論;構造)から入ります。

 

すると、これはガウス少年の頓知と同じことが見えてきます。

端と端をつないでいくと、SVOが出てくるのです。

(そして上記の記事でも同じエピソードが出てきまです)(一度、小さな系でしっかりと理解できると、ジラールも「まといのば」ブログも神話も同じことの繰り返しであることは容易に分かります)。

 

そしてその応用範囲は広く、たとえば解剖学(MATLAS)、身体操作(Yoga、バレエ)、IQ(ロゴス)、神話、数学、コンピューターサイエンス、認知科学は同じパターンの繰り返しだと理解できます。そしてそこには人間が刻印されていることも見えてくるでしょう。

 

ジラールを尊敬するPayPal創業者のピーター・ティールはこう書いています。

 

 

 「賛成する人のほとんどいない、大切な真実とは?」この逆説的な質問にそのままズバリと答えるのは難しい。そこで、前提から始めてみよう。誰もが賛成することはなんだろう?

「狂気は個人にあっては稀有なものである。だが集団、党派、国家、時代にあっては通例である」とニーチェは(狂う前に)書いた。誰もが信じる幻想を見つけたら、その後ろに隠れているものがわかる。それが逆説的な真実だ。(ピーター・ティール『Zero to One』)

 

 

ここに何が書かれているかと言えば、驚くべきことに「賛成する人のほとんどいない、大切な真実」の探し方です。

 

そしてこれを理解するには、構造的に読む必要があります。

それをMatrix(マトリックス:行列)と呼んでいます。行列(マトリックス)とは、縦と横がある棚のことです。エクセルやNumbersのイメージです。

 

ティールの「Zero to One」の一節を読んでみましょう。

 

賛成する人のほとんどいない、大切な真実とは?

 

これを分析すると、

 

大切な真実ー賛成する人のほとんどいない

という構造が見て取れます。

 

そして、前提から始めてみようとティールは促し、

 

誰もが賛成することはなんだろう?

と聞きます。

 

とすると、

大切な真実ー賛成する人のほとんどいない
◯◯◯◯◯ー誰もが賛成すること

という2×2の行列が見えてきます。

 

「誰もが賛成すること」と「賛成する人のほとんどいない」は対になっています。

Aと¬Aの関係です。

 

そして、

 

誰もが信じる幻想を見つけたら

という文章にひっかかり、「誰もが賛成する」と「誰も信じる」の相同性を見ると、〇〇に入るのは「幻想」であると構造的に理解できます。

 

 

大切な真実ー賛成する人のほとんどいない
  幻想 ー誰もが賛成すること

 

というマトリックスが完成します。

 

そこに「この逆説的な質問にそのままズバリと答えるのは難しい。」という言葉を挿入すると、マトリックスは肥大します。

 

難しいー大切な真実ー賛成する人のほとんどいない
◯◯○ー  幻想 ー誰もが賛成すること

 

まあ、「難しい」の反対は「易しい」とか「簡単」なので、「誰もが賛成する幻想を見つけるのは易しい」と読解できます。

 

誰もが信じる幻想を見つけたら、その後ろに隠れているものがわかる。それが逆説的な真実だ。

 

ここで「後ろに隠れている」の意味は対概念ということです。幻想の反対側に真実がある、と。

 

そして、その「誰もが賛成する幻想を見つける」という易しい道から入っていけば、本来は難しい大切な真実は見つけられますよ、とピーター・ティールは主張しています。

 

ここで「大切な真実」と「逆説的な真実」は相同です。じゃあ、なぜ逆説的と言うかと言えば、誰もが賛成することと異なるから「逆説的」なわけです。

 

そしてここまで構造的に読解できれば、唐突なニーチェの挿入の意味が分かります。

 

狂気は個人にあっては稀有なものである。だが集団、党派、国家、時代にあっては通例である

 

これはいわばExample(例)だったのです。

 

そして、マトリックスに導入するならば、

 

難しいー大切な真実賛成する人のほとんどいないーー◯◯ーー個人
易しいー  幻想 ー誰もが賛成すること    ーー狂気ーー集団、党派、国家、時代

 

と構造が取れます。

 

素直に読むならば、幻想に賛成することを狂気と呼び、それは「集団、党派、国家、時代にあっては通例」とニーチェは考えていることになります(もしくはティールが)。

 

 

狂気の反対は正気でしょうし、ここで我々は中国の故事の狂水を思い出しますが、それは置いておいてナポレオンです。

 

 

 

 天才とは、周りの誰もが正気を失っているときに普通のことができる人である(ナポレオン)ナポレオン・ボナパルトの肖像画

 

これも構造的に読みましょう

天才ー普通のことができる人
◯◯ー正気を失っている周りの人

 

です。

 

もう少し解像度を上げ、天才の対概念をたとえば凡人とするとしたら、そして「正気を失っている」をニーチェのように「狂気」としましょう。

 

天才ー普通ー普通のことができる人
凡人ー狂気ー正気を失っている周りの人

 

となります。

もう少し足すならば、

 

天才ー普通ー普通のことができる人ーーー個人
凡人ー狂気ー正気を失っている周りの人ー集団

 

 

となるわけです。

これがマトリックス(行列)です。

 

 

で、ここからが大事なのですが、この作業を「なるほど」と眺めるのではなく、これを日本語がまだ分かっていない人にわかりやすく教えなければいけないというシチュエーションを想定して、繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し教えることです。そのシミュレーションをリアルに繰り返し繰り返し行うのです。ノートでもホワイトボードでも使って繰り返し繰り返し。
そして、できたらそれを手持ちのスマホで撮影して、それを一度だけ視聴し、修正点を見つけて、再度撮影します。

本気でこれを年末までに3回で良いからやると、一挙にIQが上がります。ただし手触りが得られるまで、丁寧に本気で。ただのオウム返しではなく、その場で都度都度「車輪の再発明」をすることです。飽きても繰り返すことです。義務として繰り返し繰り返し繰り返すと、ある時突然「ユーレカ」が襲ってきます。あなたは「分かった!」と叫ぶのです。

 

 

もちろん、ここに書いてあることをやる人は少ないのです。

だからこそ、狭き門から入れ、となります。

 

 

 

 

やればいいのです。

 

無邪気にやれば良いのです。しかし、賢しい人々はやりません。

 

 

そしてイエスの言葉が成就します。

 

 

 

幼子のごとくありましょう!!

無邪気に楽しく!!

本日、今年最後のバレエ部、ダンス部です!(お申し込みはLINEで!)バレエダンサーがコンクリート壁の前で柔軟なポーズをとる