キャリステニクスというのは自重筋トレのことですが、自重筋トレという言葉のニュアンスが個人的には好きになれません。
というのも、自重筋トレに対して荷重筋トレとでも言うべき、高負荷トレーニング(というか普通のウェイト・トレーニングですね)が嫌で、そこから逃げているだけという頭でっかちのヒョロヒョロたちに対する、そこはかとない怒りと軽蔑が走ってしまうからです(笑)
勉強していないのに口だけ立派とか、鍛えていないのにトレーニング理論だけ立派って唾棄すべき存在です。
別に馬鹿でも、ヒョロヒョロでも良いのですが、それを自分自身の問題だと考え、自分を鍛えていこうという人には勢いがあります。それはそれで良いのです(その意味では過去は関係ないので)。
重要なのは積分ではなく、微分です。
微分というのは変化率です。積分というのは、積み重ねてきたものの総量です。
積み上げてきたものではなく、いまの変化率が重要ということです。勢いが大事です。
もしそれまでの積み重ねてきたものを評価するとしたら、そこに過去の微分(変化率)があるからです。
その意味で言えば、いまの身体がどうかではなく、いまどれくらいの変化率であるかが重要です(別に体重とか、体脂肪率とか、筋肉量とかそういう話ではありません。そういうレベルでしか、世界を見れないのであれば、それまでです(^o^))。
たとえば、同じ体重であっても、身体に対する意識の深さに変化率というか成長が見られる場合があります。
ただ、たとえば子供は急速に成長しているように見えますが、それは最初のレベルが低いからです。
達人は何年も変わっていないように見えるかもしれませんが、老舗の味のようなもので、水面下では猛烈な変化があるのです。表面に見えにくいものです。もしその成長がなく既得権益にしがみついているのであれば、社会の変化の大波にさらわれます(もう逃げ切ることが難しくなりました)。
ですので、変化率という概念もそれほど明解なものではありません(客観的に言語化できるほどには明解ではないということです。それはそもそも「言語」や「客観」の問題ですw)。でも明確に意識できるものです(この議論が矛盾していると思うのであれば、「自分は分かっていないのだな」と諦めてくださいw)。
トレーナー資格を戯れに習得したときに、非常に奇妙な経験をしました。
トレーナー試験のために受講必須なセミナーを受けているに、その講師たちは全員が(←全員がw)、なんとトレーニング嫌いでした。
むしろトレーニングは害悪だと心から信じている人たちでした。
面白いですよね。
トレーナー試験のための講師たちがトレーニングフォビア(トレーニング恐怖症w)なのです(笑)
いや、笑い事というよりは狂っているなーと思います。
思想信条の自由はあるので、トレーニングが好きでも嫌いでも何でもいいんです。別に全員が好きではなくても良いです。当たり前です。
でも、これからトレーナー資格を取ろうとするやつ相手に、偉そうに前で教える教師のお前がそんなにヒョロヒョロで、そしてトレーニング嫌いでいいの?って思います。
受講生のほうが、ボディビルダーや長年スポーツクラブなどでトレーナーをしてきて、身体は引き締まり、姿勢も良い人ばかりだっただけに、その先生がヒョロヒョロという漫画的状況でした。
それでいて、頭が悪すぎて、、、、こんなに身体も頭もダメだと本当にトレーナー資格のためのくだらない解説をするくらいしか仕事がないんだろうなーと思いました。
ちなみにそこで紹介されたトレーニングが、オーバヘッドスクワットです。
とは言っても、手をバンザイしてスクワットするだけのもので、荷重はゼロですバンザイスクワットという人もいますが、僕はこの言い方は嫌いです。まあ別になんでもいいのですが)。
(そしてできた人もゼロでした。僕らを除いて)
バレエをやっている身としては、荷重ゼロのオーバヘッドのフォームの何が難しいのか分かりませんでしたが、まあ、鍛え上げている人たちでも難しい人は難しいようでした。
面白いことに、それを紹介したトレーナーの講師もできていませんでした(じゃあ、紹介するなよって思いますが)。
まあ、それは良いとして、トレーニングが嫌いな人が、トレーニングを指導する人々を教えるという狂った状況が起きています(いまの学校と同じですね。勉強が嫌いで、勉強ができなかった人が、、、おっと自己検閲)。勉強が好きで好きで仕方ない人が勉強を教えるべきですし、気功を好きで好きで仕方ない人が気功を教えるべきでしょう。
(ちなみに僕がトレーナー資格を取得したところでの、資格取得のためのお勉強では、トレーナーに必要な知識は全く手に入りません。というか余白がなかったのかな〜と思うくらいに、トレーニング自体にページが割かれていないのです)。
繰り返しますが、勉強が好きで好きで仕方ない人が勉強を教えるべきですし、気功を好きで好きで仕方ない人が気功を教えるべきです。トレーニングも同じで、トレーニングが好きで好きで仕方ない人が、その喜びのおすそ分けとして、教えれば良いと思います。
閑話休題
話が膨らみすぎていますが、、、
昨日、キャリステニクスをBootCamp生のSoldier認定試験に使うと発表しました。
というか、まあBootCamp講習会では、ちょこちょこと体力測定については話していましたので、別に候補者の皆さんには驚きはなかったでしょうが。
ただ、たとえば片足スクワットなどは怪我のリスクもあるので、代替としてオーバヘッドスクワット(20kg程度を想定)なども考えています。また片足スクワットは両足ではなく、片方だけできれば良しとします。
とは言え、今後は両足になるでしょうし、今回は太っている方が奇跡的にいませんが、今後はBMIや体脂肪率なども、もちろん基準に入れていきます(普通の身体であれば良いのですが、明らかに病的な人=ほとんどの現代人、のためにそのような基準を設けていきます)。
(ちなみに、Rayさんは体脂肪率11%です。いや女性としては少なすぎると思いますが。
ちなみにトップサイドデッドリフトで120kgです。片手懸垂も片手腕立て伏せもできますし、指導もしていますね)。
という感じで考えていたら、さすが「まといのば」のメンバーはこちらの予想の先を行きます!
「片手懸垂できました!」という報告を昨日のブログ記事掲載の前後に寄せられました。
良いことです。
*これはすごいですね。
*今回は腕を握るタイプの片手懸垂でOKです!いや、できればケトルを持っても良いですがw
場の力というのは偉大なもので(逆回転すると厄介なもので)、自分ひとりではできないことも、チームであれば叶います。
チームプレーという意味ではなく、ギルド的集団の中で、真摯に自分と向き合うならば、ふわっと流れてきた風に乗ると、思いがけないことが自分でもできるのです。
気付いたら、片手懸垂をして、気付いたら片足スクワットをしているでしょう。
ただ、懸垂もスクワットも腕立て伏せも気をつけてください。怪我のリスクは大きいです。
片足スクワットなどは椅子を使いましょう、練習には。
片足スクワットが怖い場合は(ということは歩いているときに脚を壊しているということですが)、無理をしないほうが良いです。
そして、そういうときはオーバヘッドスクワットからスタートしましょう。それもトップサイドから。
というか、そういう意味でのガイドラインはこちらを参照してください。
今月(7月)はBootCamp2期として、気功整体師養成スクールを開催しますが、続けて8月は久々の美肌クリーム専門の美肌プロ養成スクールです。
(美肌プロ養成スクールは、「透明な肌の向こう側」というテーマで、アディトレや生化学、脱洗脳などを絡めて、がっつりやります。美肌クリームについての最低限の知識はしっかり身につけておいてください)。
そして9月はメンター養成スクールです(9月19日、20日開催決定)。
メンターというのは、平たく言えば、ゴール設定をサポートすることです。
「まといのば」のメインはこのゴール設定です。OnLine MenTorという気功の通信講座でも、最初から最後まで耳タコでこれを言われます。
しかし、一方でゴール設定が非常に難しく、そしてわかりにくいことも事実です。
ですので、それについてがっつりやるスクールです。ちなみに裏テーマは「脱洗脳」です。それもおままごとのようなものではなく、ガチの脱洗脳です。ただ、世間的に「脱洗脳」を表に出すのははばかれるので、こっそりと開催します。
という感じのラインナップです。
そしてご承知のように、10月はハワイ大学医学部での人体解剖実習です。
自分でメスを持ち、自分で解剖します。先生が解剖しているところを覗き込むスタイルではありません。自分で切らない限りは、先へ進めません(^o^)
募集は1月の段階で(わずか数日で)早々に定員となり、締め切っていますが、もしかしたら枠は増やせるかもなので、大学側と交渉中です。
7月 気功整体師養成スクール
8月 美肌プロ養成スクール
9月 メンター養成スクール(脱洗脳編)
10月 ハワイ大学医学部解剖実習スクール
「ポストコロナ」と呼べるべき移行期が過ぎており、パラダイム・シフトがはっきりしてきたと思います。
1300万都市の首長選挙は予想通りの結果となりました。N教授の「狼がくるぞ」発言は見事に大ゴケしています(ロックダウンは終わりました)。
小説「1984」(ジョージ・オーウェル)の中に「二重思考」という概念があります。
たとえば、「任意は強制である」というような「矛盾」した命題を真として受け入れることですw
子供の時分、これを読んでいたころは(漫画じゃないですよw)、そんな大げさなと思っていました。
今となってみると、大げさではなくてリアルなんだと理解しています。
(そして、この「二重思考」なるものに長けると、「大人になった」と言われたりします)。
でも、人はパンのみに生きるに非ずです。
すると試みる者がきて言った、「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」。
イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。
(マタイ4:4)
*聖書はキリスト教という洗脳を外して読むものです。
人はロゴス(論理、言葉)によって生きています。
そもそも生命活動そのものがアルゴリズムの結晶です。
ですから、「任意とは強制である」という矛盾した命題を真だと飲み込み、20グラムに減ったチョコレートを、20グラムに増量されたチョコレートと認識をすり替えるたびに、自分を壊していくことになります。
(矛盾した命題は偽です)
そのようなことを強制する(ことを踏み絵とするのが)奴隷工場です。
奴隷を排出していくのが上手です。
そこで、「二重思考」に異を唱え、それは論理矛盾ではないかと考える人は、不条理にも陰湿に潰されていきます。『1984』と何ら変わらないのが現実社会です。
矛盾命題を内包して良いのはゲーデル数だけです(いやいや、これは全く違いますね。こういうバカげたことを口にしてしまうような口は、糸で縫ったほうがよいでしょう。イエスの言うように。
ゲーデル数は矛盾命題ではありません。決定不能命題です)。
ある程度の有限的算術を含むどんな無矛盾な形式体系にも決定不能な算術命題が存在し、さらにそのような体系の無矛盾性はその体系において証明できない。
(クルト・ゲーデル:『プリンキピア・マテマティカ』およびその関連体系における形式的に決定不能な命題について)
いやいや、イエスのほうがはるかに激しいのです。
もしあなたの右の目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に投げ入れられない方が、あなたにとって益である。
もしあなたの右の手が罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に落ち込まない方が、あなたにとって益である。(マタイ5:29-30)
イエスを優しいふわっとした優男だと思っている人は、聖書を読み返してみましょう。
しょっちゅう怒っているし、しょっちゅう失望しています。
神殿で開かれていた市場での乱暴狼藉はよく知られていますw
ユダの福音書など読むと、イエスはよく笑います(笑)
さわやかに笑っているのでもなく、喜びで笑っているわけでもありません。
むしろ、嘲(あざけ)りと嘲笑(ちょうしょう)です。
無知でアホで成長のポテンシャルがなさすぎる不良債権のような弟子たちに対する嘲笑です。
なんか儀式の真似事か、考えているふりをしている弟子たちを見て、「アホどもが何をしているんだ」と笑うところから始まります。そこには優しさのかけらもなく、むしろ軽蔑すら感じます(きちんと本音で接するところに、むしろイエスの愛情を感じますが)。
その中にあって、ユダが唯一まともな弟子であるというのがこのユダの福音書です。
そして最後はユダの接吻で終わります。
あのイエスを売り渡したと正転の福音書で描かれているシーンで。
立て、さあ行こう。見よ、わたしを裏切る者が近づいてきた」。
そしてすぐ、イエスがまだ話しておられるうちに、十二弟子のひとりのユダが進みよってきた。また祭司長、律法学者、長老たちから送られた群衆も、剣と棒とを持って彼についてきた。
イエスを裏切る者は、あらかじめ彼らに合図をしておいた、「わたしの接吻する者が、その人だ。その人をつかまえて、まちがいなく引っぱって行け」。
彼は来るとすぐ、イエスに近寄り、「先生」と言って接吻した。(マルコ14:42−45)
というわけで、野放図に書いてきた本稿も終わりです!
ちなみに今月のセミナーは、まといのば講座のみ1講座の予定です。
7月30日にドーシャ・コントロールを開催します!
これはかなりヤバい技術であり、ヤバい理論なのですが、おいおい説明していきます。
プリンシプルはシンプルです(韻を踏んでいるw)。
過ぎたるは及ばざるが如し
です。
これって、現代資本主義というパラダイムの逆です。
プラトンはこれを中庸と言いました。
では、現代資本主義のプリンシプルは?
More
です。
日本語のニュアンスでは、「もっと」ですね。
歴史上最もRichな男であって、ジャン・ポール・ゲティは、どれほどのお金が欲しいのか」と聞かれて、、、
そう、”More”と答えました。
秘密を信じそれを探す者だけが、踏み固められた道の向こう側にある新しい可能性を発見できる(ティール 2018年06月13日
(引用開始)
億万長者のジャン・ポール・ゲティは、「どれほどの資産があるのか」と聞かれ、「自分の資産がどれくらいあるか分かるようでは資産家ではない」とうそぶき(実際に分からなかったそうですが)、そしてどれほどのお金が欲しいのかと聞かれ「more(もっとだ)」と答えています。
(引用終了)
ちなみに、Less is moreもMore軍勢です(本質的には違うのでしょうが、使っている人たちのよってたつパラダイムがという意味で)。
たとえば、断捨離やミニマリストというのは、空白のMoreでしかありません。そのオブセッションです。ガウディならば嫌いそうな空間です。
(「断捨離」って沖先生の言葉と今知りました。女性作家の造語と勘違いしていました。沖先生というのはヨガの沖正弘先生です。僕が最初にヨガを学んだのは沖先生の著書でした)。
ですので、我々が目指すのは、
過ぎたるは及ばざるが如し
です。
「吾唯足るを知る」ともちょっと違います。
強いて言えば、「足る」が最強と知るという感じです!
あ、ちなみにここに書いているような言葉遊び大会ではありません(いや、言葉遊びをしているつもりは毛頭ないのですが)。もちろん、がっつりと具体的に心身を書き換えます。お楽しみに!!
そしてこれは脱洗脳以上に大切なこと(というか、効果的なことかも)と思っています。
ご期待ください!
*アーユルヴェーダ講座や「神の草」講座や「未来から来たドラえもん」講座や手帳(ゴール設定)講座をよく復習していてください!
**Ayur-RayDaを受講し始めたラッキーな方には(すぐに定員になったので)なお一層、面白いと思います!
【まといのば講座『ドーシャ・コントロール』】
【日時】 7月30日(木)19:00~22:00
【場所】 四ツ谷のセミナールーム(丸ノ内線四谷三丁目駅、都営新宿線曙橋駅が最寄り)
【受講料】 30,000円(PayPal決済可能です。請求先アドレスを記載してください)
【受講資格】 「まといのば」スクール修了生、OnLine MenTor受講生・修了生
【持ち物】 情熱とゴールと筆記用具
【お申し込み】お申し込みはこちらから!!
*ヴァーチャル受講もしくはライブ受講(Zoom受講)も可能です!!














