私はそれほど賢くはありません。ただすこしだけ長く問題と共にいただけです(アインシュタイン) | 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ

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寺子屋「アインシュタインの一般相対性理論」でも紹介しましたが、アインシュタインが相対性理論を生み出せた秘密について、かつて語りました。

その結論はシンプルで、驚くべきものでした。

アインシュタインと言えばいわゆる「天才」の代名詞であり、猛烈なIQの持ち主であり、その脳はこっそりと今に至るまで保存されています。

ですが、アインシュタインは、相対性理論を見出した秘訣は、、、、自分の知能の遅れだと言ったのです。
これは非常に面白い見解です。

アインシュタインは言います。

自分はときどき自問してしまう、と。
なぜ私は相対性理論を見出したのだろうか、と。

普通の大人であれば、時間と空間の問題について考えるために、立ち止まったりはしない。時間と空間のためにわざわざ時間を割いて考えたりしないのです。

大概は時間や空間について疑問を持つのは子供の頃であり、子供の脳で考えます。

「今日の次はいつ?」
「明日の次はいつ?」
「なぜ明日になると、明日が今日になるの?」
「今日はどうして、明日になると昨日になるの?」

空間についても同じです。
「あの山の向こうには何があるの?」
「宇宙の果てには何があるの?」
「宇宙の外側は何が有るの?


*奇妙なことに(奇妙でもないのかな)、僕は時間と空間について母に聞いたときのことを覚えています。
今日は明日になると、明日が今日になるというのは何度聞いても、経験的にそうだと納得しても奇妙な感じでした。視点が動くという感覚が無いからです。
時間は未来からやってくると考えれば、明日が今日になり、今日が昨日になるのは、未来から過去へ時間が流れる体感そのものです。
東京駅から新幹線に乗ると、名古屋がやってきて、大阪がやってきます。最初は名古屋が近づき、名古屋を通過して、大阪がやってきて、大阪も通り過ぎます。明日という意味は「これから停車する駅」という意味であり、昨日とは「さっき停車した駅」という意味です。日付が駅名です。
そう考えると、今度は時間は未来からではなく、時間は流れず、自分たちが移動しているのも見えてきます。
気ままな旅で、ふらっと気に入った駅で降りることを我々は「死」と仮に呼んでいます。我々はもはや移動することは無いので。

明後日の次を明々後日(しあさって)、その次は「シシアサッテ」でその次は「シシシアサッテ」なのだろうかと思った記憶があります。
宇宙の果ての話をしたときは、「宇宙の果てがいま爆発しても私達には影響がない」という話を母からされました。「太陽ですらいま消滅しても8分後にしか分からず、その8分間は何の影響もないのと同じで、宇宙の果てが爆発しても、その情報が届くまでに我々の寿命が付きている」と説明されて、不思議なものだなと思った記憶があります。

I sometimes ask myself how did it come that I was the one to develop the theory of relativity. The reason, I think, is that a normal adult never stops to think about problems of space and time. But my intellectual development was retarded, as a result of which I began to wonder about space and time only when I had already grown up. Naturally, I could go deeper into the problem than a child with normal abilities.


ところが、アインシュタインは違いました。

実際にあまりに言葉を覚えるのが遅くて、周りが心配したそうで、逆に磁石などで遊ぶのが好きだったようです。

そして言葉を覚えたのが十分に遅かったので、すでに大人の脳になった状態で、子供のような疑問を抱いたのが良かったのだとアインシュタインは考えました。

時間と空間について、真剣に考えると、多くの人が前提としている絶対時間、絶対空間(これはもちろんニュートンが定義したものです)は存在しないことが導かれました。


特別な性質を与えられた“絶対静止空間“というようなものは物理学には不要であり、また電磁現象が起きている真空の空間のなかの各点について、それらの点の“絶対静止空間”に対する速度ベクトルがどのようなものかを考えることも無意味なことになる。(アインシュタイン『動いている物体の電気力学』)(『動いている物体の電気力学』とは特殊相対性理論として後に知られる論文の一本です)

シンプルに言えば「力学ばかりでなく電気力学においても、絶対静止という概念に対応するような現象はまったく存在しないという推論に達する。」(同上)ということです。


(引用開始)
 上述の話と同じようないくつかの例や、“光を伝える媒質”に対する地球の相対的な速度を確かめようとして、結局は失敗に終わったいくつかの実験をあわせ考えるとき、力学ばかりでなく電気力学においても、絶対静止という概念に対応するような現象はまったく存在しないという推論に達する。すなわち、どんな座標系でも、それを基準にとったとき、ニュートンの力学方程式が成り立つ場合、そのような座標系のどれから眺めても、電気力学の法則および光速の法則はまったく同じであるという推論である。この推論は1次の程度の正確さで、既に実験的にも証明されている。そこでこの推論をさらに一歩推し進め、物理学の前提としてとりあげよう。また、これと一見、矛盾しているように見える次の前提も導入しよう。すなわち、光は真空中を、光源の運動状態に無関係な、ひとつの定まった速さcをもって伝播するという主張である。静止している物体に対するマクスウェルの電気力学の理論を出発点とし、運動している物体に対する、簡単で矛盾のない電気力学に到達するためには、これら二つの前提だけで十分である。ここに、これから展開される新しい考え方によれば、特別な性質を与えられた“絶対静止空間“というようなものは物理学には不要であり、また電磁現象が起きている真空の空間のなかの各点について、それらの点の“絶対静止空間”に対する速度ベクトルがどのようなものかを考えることも無意味なことになる。このような理由から、“光エーテル”という概念を物理学に持ち込む必要のないことが理解されよう。(引用終了)

言っていることはシンプルです。

どの座標も等しくニュートン力学と電気力学、そして光速の法則は成り立つということ。
そして、「光速度一定(光は真空中を、光源の運動状態に無関係な、ひとつの定まった速さcをもって伝播するという主張)」によって、絶対静止空間が否定され、返す刀で絶対時間も否定されました。

そもそも絶対時間や絶対空間は、すべての物質を取り除いても残る箱として想定されていました。
しかしこれは実は深刻な問題をはらみ、すべての物質を取り除いたらそこには時間と空間は残るだろうかという存在論的な疑問が生じるべきだったのかもしれません

他の存在と関係をもたない純粋な時間や、純粋な空間とはまさにアプリオリということです(宇宙は神の肉体と考えたニュートンはその意味では理論的には正しかったのです)
全ては関係性の中で成立するとしたら、時間と空間もそうあるべきです。
まさに相対的な存在です。


アインシュタインはこれを言葉を覚えるのが遅く、そして熱心に長いこと考え続けたために時間と空間について真に驚くべき理論を発見しました。
物理学の法則を書き換えたのです。
物理法則は人間が書き換えます。
とは言え自由に書き換えて良いわけではなく、そのゲームのルールはシンプルで、LUBです。
これまでの理論と新しい観測結果(なり変則性)を包摂すれば良いというのが物理学のゲームのルールです。


我々もシンプルに「ただすこしだけ長く問題と共に」いることが重要かと思います。

ゴールは一つか複数かという疑問がありますが、基本的には両方です。
ある瞬間は明らかに一つですし、強烈なゴールはおそらく一つだと思います。
しかし、それ以外にコチャコチャといろいろな小さなしかしWant toで現状の外のゴールはあって良いのです。

たくさんあれば目移りしながら、人生を過ごせます(意外と大事です。飽きたら他のゴールに絡めば、脳は復活します。脳は退屈が嫌いなのです)。

ゴールが複数あると、それだけ時間が割かれると考える人もいますが、、、、

その考え方にはhave toの棘が刺さっています。カラボスの呪いです。

ゴールを設定したら、行動しなくてはいけないと考えているならば、それはhave toです。
行動はしたくてしょうがいないからするものです(モチベーションとかワクワクとかだけではなく、激痛でも走るを選ぶのもまたWant toです)。

それからゴールを設定したら、1万時間、、、というのも一種の呪いです。
Outlierになるなら別ですが、それもかなり厳しい世界で。

いや、そこそこのレベルになるには20時間しか必要ないですよ、、、というのが、ジョシュ・カウフマンの主張です!




半年で言語は習得できるというChris Lonsdaleにも通じるものがあります。
中国語も半年で習得したそうで。




「まといのば」でも2時間で、ある分野に関して、とりあえず重要な事は学べると考えて、次々と寺子屋のコンテンツにしています。
相対性理論から、クリプキの「可能世界意味論」に至るまでです。
2時間を5回繰り返して見れば、10時間です。残りの10時間は参照図書を読破するのに費やせば、その分野についてはおしまいにして良いのです。
次へ移りましょう。

我々が学ぶべきことは、いや学びたいと好奇心が刺激されることは膨大にあります。ひとつに1万時間かけていられません(気功も同じです。仕事をしながら、レベルアップしていってください。ちなみにアドバイスをするならば、、、僕が観察するところでは、気功でお金を稼ぐのは簡単ですが、お金を稼いでも初心を忘れずに学び続けるのは難しいようです。学び続ければ、成功し続けられます)


「まといのば」に集う方は学校教育での勝者が多いのですが、学校教育のパターンは忘れて、バイキングで好きなものを好きなだけ食べる方式に変えましょう。
そしてある分野に関しては20時間しかないと思って、集中して学ぶと良いと思います。

アインシュタインは「 
正規の教育を受けて好奇心を失わない子供がいたら、それは奇跡だ。(It is a miracle that curiosity survives formal education.)」と言います。

「まといのば」に集う方は正規の教育を受けていながら、奇跡的に好奇心を失っていない人たちなのでしょう。素晴らしい奇跡です。

その好奇心を金平糖のように伸ばしていきましょう。いびつな形になりましょう!!

そしてもっとサクサクと学び、サクサクと情報空間を移動しましょう。
時間をかけないと決めれば、加速学習は可能なのです。


【書籍紹介】
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