「機械になりたい」(アンディ・ウォーホール)〜開業スクールと基礎体力の醸成〜 | 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ

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3年ぶりの開業スクールは非常に面白いことになっています。

今回のテーマは(前回と打って変わってw)「死ぬほど頑張る」ではなく、「単調に繰り返す」です。

シンプルなことをシンプルに繰り返すことが大事です。

きちんとやるべきことをやっていくと、やることはかなり単調になってきます。

僕は開業スクールや開業セミナーではアンディ・ウォーホールを着ることが多いのですが、この意味は「単調な繰り返しをせよ」ということです。アンディ・ウォーホールがアーティストになる前はいわば商業デザイナーであり、本当にハンコを繰り返し押すような作品もあります(またそれが良いのです!)。



アンディ・ウォーホールは「機械になりたい」という名言を残しています。

ビジネスをきちんとやることや、人生で有意義なことを為すということや、機能を果たすということ、ざっくりとした言い方では成功するということは、誤解を恐れずに言えば、まさに「機械になる」ことによってもたらされる副産物と言えます。

どう機械になるかと言えば、自分の課題を着々とこなしながら、抽象度の階層を上がる機械になるということです。

我々は逆に自分の課題ではないものに執着し、自分の課題ではないものをやろうとしてしまいがちになります。Cry for the moonです。ハシゴをかけるべきでないところにかけて、ハシゴをどれだけ早く登っても、どれだけ素早く間違いを犯せるかを競争しているのと同じで無為です。無為なことを繰り返している足の早いウサギは、鈍足でも正確に自分の課題のみをこなすカメに追いぬかれていきます。


*久々にウィトゲンシュタインのハシゴです。これはいつもあるわけでは無いそうです。お墓参りをされた方から聴きました。
読者はハシゴを登りきったあとでそのハシゴを取り払ってしまわなければならない」(論理哲学論考6.54)


シンプルに自分がやるべき自分の課題を着々とこなすことが大事です。

じゃあ、自分の課題は何かと言えば、開業スクールの文脈で言えば、ざっくりとした言い方になりますが、基礎体力をつけるということです。

じゃあ、基礎体力とは何かと言えば、まず本当の意味での集中を持続するために、集中を長時間にわたり支える体力がまずあげられます。

その体力をベースに、きちんと知識を習得し続け、IQを上げること、そして気功の鍛錬、接遇の練習、そしてMiQの鍛錬かと思います。MiQというのは密教的なIQ、もしくはMagci(魔術的)IQという意味での造語です。その本質は「何と書いてあるか、どう読むか」というイエスのコトバで表せます。相手が何を言っているのか(そこに何が書かれているのか)を正確にトレースすることが基本です。その上で「どう読むか」が問われます(のちほどミシュナーを具体的に引用して、「読み」について考えましょう。そしてなぜタルムードが魔術につながるのかについても考察したいと思います)。


基礎体力を非常にざっくりと表現すれば、情報空間に自分の場をきちんと創ることです。そしてその抽象度を上げていくことだけを、機械的に単調に繰り返すだけということです。ひたすらに土地を耕し、種を蒔き、雑草を取り、追肥をし、水をまけば良いのです。もうひたすらにそれだけをするイメージです。僕はそれを基礎体力と名付けています。基礎体力を愚直につけていくだけです。

そのカタチが見えるとすべてはシンプルになっていくかと思います。
開業スクールでは、そのカタチが見えることがゴールの一つです。


イメージとしては高い抽象空間に場を強烈につくり、そしてその写像として、物理空間に自分のサイトなりブログを持ち(サイトはサーバーに存するものであり物理的なものです)、そこに文章を書き、それを読む読者がいて、その読者のうちの幾人かがクライアントになり、クライアントさんがまた他の人を紹介するという形でコミュニティが構成されていきます(その意味では文章、もしくは言葉がいつの時代も人を動かします。イエスの時代も釈迦の時代もソクラテスの時代も変わりません。もちろん言葉は抽象空間の写像として機能を果たします。それはソフィストの低俗な弁論術でも、律法学者の御託でもありません)。
その意味ではブログなりHPは場の純然たる写像であり、当然ながら広告ではなくコミュニティメンバーの教育の場であるべきです。

抽象空間の場によって構成されたコミュニティは生命と同じであり、適切な手入れがあり、適切な新陳代謝があり、生命現象のホメオスタシスに相当するゴール設定とリードがあれば、成長を続けます。コミュニティのリーダーとメンバーと共に順調に成長していきます。

そのコミュニティの継続の条件として、収益があり(ここはドラッカーですね)、その収益が再投資されてまたコミュニティに還元されます(その意味では生産者にとって収益は、対価ではなく、消費者の購入行動とは未来への期待を込めた投票行動であり、投資行動と見做すべきかと思います)。この再投資によってコミュニティは効率的に豊かになり、コミュニティが豊かになれば、社会はその分より豊かになります。

ざっくりとこの記事のまとめを言うならば、すべきことのみを機械のように単調に繰り返せということであり、単調に何を繰り返すかと言えば、基礎体力をつけ、抽象空間の場を確固たるものとして、その写像として言葉を紡いでいくということです。

じゃあ、どこにその場をつくるのかと言えば、アリストテレスが言った(とアランが言う)ように、自分が心から楽しいと思えることの内につくることです。

(引用開始)
何事をやるにしても、ほんとうの進歩をあかしするのは、人がそこでどんな楽しみを感ずることができるかである。そこからわかるのは、仕事は唯一のよろこび、それだけで満たされたよろこびであることだ。わたしが言っているのは、自分で自由にやる仕事のことで、それはつまり、能力を示すわざであると同時に、能力が出ている源でもある。くりかえすことになるが、人にやってもらうのではない、自分でやることだ。(引用終了)(アラン「幸福論」pp.161-162岩波文庫)

最後の一文は引用としては蛇足ですが、「幸福はいつもわれわれの手から逃げて行くといわれている」(アラン)にかかってきます。

仕事は唯一のよろこび、それだけで満たされたよろこび」であるべきです。そして自分にとってそれは何なのかを探し当てることです。

そのためには幾千ものNoを繰り返すことです。

人から言われて仕事をしているときはまだ訓練期間であり、修行期間のようなものです。
自分がやる仕事は「自分で自由にやる仕事のことで、それはつまり、能力を示すわざであると同時に、能力が出ている源でもある」ものです。

我々は与えられた仕事をこなすことに慣れすぎていますが、それは仕事としてはフェイクであり、ただのお子様向けの練習問題でした。
これから本当の仕事をスタートさせるのですから、幾千ものNoを自分に突きつけて、本当のYesに出会い、本当のWant toに出会うまで徹底的に自己と対話し、作業を続けることかと思います!

そして幸いにもそれが見つかったならば、あとは機械になるだけです。
ただひたすらに判で押したように繰り返します。
その中に幸福も成功も成長も進化もあります。



【参照動画】
懐かしのアップルのCMです!我々も自分のSignatureをまずは情報空間に、そしてその写像として物理空間に描いていきましょう!



*初出はDesigned by...1000のNoを言えるだろうか?1つのYesのために。2013-06-13

This is it.
This is what matters.
The experience of a product.
How it makes someone feel.

Will it make life better?
Does this deserve to exist?

We spend a lot of time
On a few great things.
Until every idea we touch
Enhances each life it touches.

You may rarely look at it.
But you'll always feel it.
This is our signature.
And it means everything.

Designed by Apple in California



【参照書籍】
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