(神はサイコロを振らない)
ハイゼンベルクの自伝「部分と全体」にも繰り返し出てきますが、アインシュタインの口癖はこの「He does not throw dice. 神はサイコロを振らない」であったようです。

もちろんこれは量子力学の意味論の中に不可避的に含まれる考え方に対する攻撃です。すなわち、宇宙に起こるすべての現象は確率的でしかないということに対する批判です。
論理学の様相論理と似て、量子力学も統語論的なアプローチ、すなわち計算(演算)自体は次々と発見されました。その1人にアインシュタインも含まれますし、後(のち)にかわいそうな猫を引き合いにしてパラドックスを提示したシュレディンガーも同様です。
しかしその意味論的なアプローチには古典力学の世界の大御所たちから(まさにアインシュタインを筆頭に)批判が巻き起こっていました。
ただ歴史を振り返るなら、このアインシュタインの批判こそが、量子力学を鍛え上げ洗練させたと言えます。アインシュタインはノーベル賞受賞理由である光量子論もそうですが、ある意味で量子力学の産みの親と言えます。そして厳しい父親としての育ての親でもあると僕は感じます。批判者というよりは、厳しく育て上げたのです。
以下は有名なアインシュタインの手紙です。
Die Quantenmechanik ist sehr achtunggebietend. Aber eine innere Stimme sagt mir, daß das noch nicht der wahre Jakob ist. Die Theorie liefert viel, aber dem Geheimnis des Alten bringt sie uns kaum näher. Jedenfalls bin ich überzeugt, daß der Alte nicht würfelt.
量子力学にはとても尊敬の念を抱いています。しかし内なる声が私に、その理論はまだ完璧ではないと言っています。量子力学はとても有益なものではありますが、神の秘密にはほとんど迫っていません。少なくとも私には、神はサイコロを振らないという確信があるのです。)
アインシュタインのマックス・ボルン宛の1926年12月4日付の手紙
ここには量子力学について感じるすべてがあるように思います。
アインシュタインは言います。
量子力学にはとても尊敬を抱いている。
しかし、内なる声は、その理論はまだ完璧ではないと言っている(実際に完璧には程遠かったでしょうし)。
量子力学は有益である...。実際にその計算結果と予測可能性は見事なものです。
しかし、本質にはせまっていないのではないか、宇宙のカラクリの中心に本当はランダム性は無いのではないかとアインシュタインは迫ります。
ちなみにこの最後の部分は、寺子屋でもチャイティンの著作からアインシュタインに言いたいことに迫りました。すなわち、擬似乱数なのではないかという意見です(後述します)。
アインシュタインは華々しい相対性理論とは裏腹に、量子力学の歴史の中では敵役(かたきやく)です。
様々なパラドックスを出しては、量子力学を批判しますが、それをことごとく覆されます。むしろアインシュタインが提示した質問(パラドックス)によって逆に量子力学は飛躍的に進歩します。
神はサイコロを振らないというアインシュタインの発言に対して、ボーアが「アインシュタイン、神が何をなさるかを指図するな」と言ったという逸話は以前も紹介しました。
ハイゼンベルクはこう書いています。
(引用開始)
「神はサイコロを振り給わず」、それがアインシュタインにとってゆるがすことのできない根本原則で、彼は何人たりとも、それをおびやかすことを許さなかった。ボーアはそれに対してただ次のように答えるしかなかった。「しかし神がいかに世界を支配されるべきかを指図することは、われわれの課題ではありません。」(ハイゼンベルク「部分と全体」 pp.131) (引用終了)
もちろんここで語られる神というのは、宇宙の原理なり摂理というほどの意味でしかありません。
今回の寺子屋でハイゼンベルクの不確定性原理を扱うにあたって、この量子力学の創世記においてどう物理学の神々が切磋琢磨したかの一端を覗きました。そうすると意外なことが見えてきます。
たとえば、今回の寺子屋のハイライトの一つはアインシュタインのハイゼンベルクへの助言です。
アインシュタインの助言がきっかけとなり、その言葉を反芻する中でハイゼンベルクはあのガンマ線顕微鏡の思考実験を思いつきます。
そもそも不確定性原理というのは(ここでは量子ゆらぎを取り入れた小澤の不等式を考えないとして)観察による不確定性がポイントでした。量子(たとえば電子)が決定論的に振る舞っていたとしても、われわれが観察するときに、その位置と運動量はどうしても誤差が出てしまうということです。解像度を無限の精度に上げることができないというイメージです。位置を特定しようとすると、速度(運動量=質量×速度)が不明確になり、運動量を特定しようとすると、位置が不明確になります。こちらを立てればあちらが立たずというどっちつかずなのが不確定性原理のイメージです。
暗闇の中で何かを手探りで探すのと一緒で、触れた瞬間に位置が変わってしまいます。
この不確定性ということを綺麗に形式化(方程式に記述)できないかというのがハイゼンベルクの野望でした。
これは比較的にあっさりと計算ができます。
思考実験として、原子の中にある電子を直接見る(写真に撮ることができる)ような顕微鏡を考えます。そのときはおそらく可視光での光学顕微鏡では無理なので、波長の短いガンマ線を使います。波長が短いほうが解像度が上がります。
(引用開始)
そのような(原子の中の電子を直接見ることができるような異常な高い分解能をもった)顕微鏡は、もちろん可視光ではだめだろうと思うが、おそらく硬いガンマー線を使えばうまく働くだろう。原理的には、あるいは原子内での電子の軌道を、それによって写真にうつすことができるのではなかろうか。そこで私はそのような顕微鏡でも、不確定性関係によって与えられる制限を超えることは許されない、という証明をしなければならなかった。この証明は成功して、新しい解釈が首尾一貫していることに対する私の確信は強められた。(部分と全体 p.128)
(引用終了)(カッコ内は引用者が追記)

不確定性原理の導出は現在であれば、コーシー・シュバルツの不等式からロバートソンの不等式を導出し、不確定性原理へと数学的に無難な処理が良いのでしょうが、われわれとしてはベタに思考実験から進めるほうが楽しい気がします。
すなわち、ハイゼンベルクがやってみせたように、ガンマ線顕微鏡の思考実験をするということです。
そのとき位置の不確定性というのは解像度であり、いわば顕微鏡の分解能ということになります。ここでは誤解を恐れず「誤差」とあえて表現します。誤差という言い方が決定論的であるのは百も承知ですが、不確定性というより誤差というほうが直感的です。
すなわちΔxという位置の不確定性はその分解能であるλ/sinεとなります。このεは対物レンズの角度です。というか下の図を見て下さい。そのθの部分をε(イプシロン)としています。

またΔpにあたる速度(正確には運動量)の不確定性はコンプトン効果を考慮すると導出されます。

すなわち、hsinε/λです。
レンズの中のどこを通過したか分からないので、誤差(不確定性)が生じると考えます。
整理すると、
Δx~λ/sinε
Δp~hsinε/λ
となります。
とすると、なんといろいろと面白いことが分かります。
Δx~λ/sinε
Δp~hsinε/λ
において、sinε(サインイプシロン)は定数であり、プランク定数hも定数です。
波長のλ(ラムダ)だけがいわば変数です。いじれます。変えることができます。
すなわち、ガンマ線だけではなく、様々な波長の光をぶつけることができます。
Δxというのはいわば位置の誤差みたいなものです。位置の不確定性です。
その誤差を小さくしようとするには、式を見ればλ/sinε(サインイプシロン分のラムダ)なので、サインイプシロンは定数ですので、ラムダを小さくすればするほどΔx(デルタエックス)といういわば誤差(不確定性)は小さくなります。
ですので、出力を上げて波長の短い光をぶつけたくなります。
同様にΔpを見るとhsinε/λ(ラムダ分のエイチサインイプシロン)です。分子のエイチサインイプシロンは定数ですので、波長のラムダが大きくなればなるほど、デルタPは小さくなります。すなわち、運動量の誤差は小さくなるイメージです。運動量がより正確に分かります。ですので、なるべく波長の長い柔らかい光を当てたくなります。
位置の誤差を小さくするには、波長の短い硬い光をぶつけたくなり、運動量(速度)の誤差を小さくしたいときは、波長の長い柔らかい光をぶつけたくなるということです。正反対です。
もちろん、話しはこれだけではなく、Δx(デルタエックス)とΔp(デルタピー)という位置の不確定性と運動量の不確定性を掛け合わせるともっと面白いことが分かります。
なんとサインイプシロンやらラムダやらを打ち消し合うのです。約分できます。
Δx~λ/sinε
Δp~hsinε/λ
ΔxΔp~λ/sinε × hsinε/λ = h
となります。
λ(ラムダ)がそれぞれ分子と分母にありますし、sinε(サインイプシロン)もそれぞれ分母と分子にあるので、めでたく約分できます。打ち消し合います。
よって、
ΔxΔp~h
が出てきます。
われわれがこのような数式にアレルギーを覚えるのは単に読めないということがあるので、「デルタエックスかけるデルタピーはエイチ」とふりがなを振りましょう。
語学でやるロゼッタストーン式と同じです。ロゼッタストーン式のように、習得するまでは途中経過をきちんと書くのです。読めたとしても書くことで、理解が一気に深まります。
ΔxΔp~h
まで出たら、これをとくと眺めると、当然ながらsinε(サインイプシロン)やλ(ラムダ)が消えていることが分かります。これは嬉しい事です。サインイプシロンは顕微鏡の対物レンズに依存し、λ(ラムダ)はぶつける電磁波の波長に依存します。
しかし、これらが消えることで、一般化に成功します。
特定の顕微鏡の性質に依存しない一般的な原理になったということです。
ありとあらゆる場合においてこの不確定性原理が成り立つということです。
もちろん、いわゆるよく知られた下の式まで、あと一歩です。バーエイチはプランク定数のhを2πで割っただけのものです。くり返し出てくるので記号化されています。ですので上の式をだいたい12くらいで割れば、下の式になります。

少し長くなったので、ここで切り上げます!
次はアインシュタインは何をハイゼンベルクにアドバイスし、そこからハイゼンベルクはどのようにガンマ線顕微鏡の思考実験に至ったかに迫ります!
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