「伝授」を「伝授」だけに使うのは言葉に縛られすぎているかもしれない | 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ

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アメンバー記事を解除しました(2017/07/07)

ヒーラーとして、もしくは気功師として気功を施していると、ある一連の手技や方法論をパッケージ化したくなります。この一連の動作を何とか一セットにまとめられないだろうかと考えます。

たとえば、あなたがヒーラーだとして、お客様を多く持っているとします。ヒーリングに際してはいつも、まず浄化の結界を張り、その後リラクゼーションの結界を張り、全身をサーチして、必要なところに気功のクリームを流すことをルーティーンとしているとします。

それをするのに、以前は10分かかっていたところを、最近は5分でできるようになり、今日は3分でできるようになったら、そろそろパッケージ化することができます。

一連の行動のパッケージ化のイメージがしずらかったら、自分の分身(アバター)が代わりにやってくれるとイメージしても良いでしょう。

気功技術の作成はコンピュータのプログラミングに似ています。ある一連の行動をそれまでは自分でやっていたのを、プログラミングに代行させるイメージです。

とは言え、コンピュータも気功も最初は半信半疑です。機能するかの確証も自信もないでしょう。

ですので、何度もテストをします。
プログラムを何度も走らせてテストをするように、気功師もアバターに仕事をさせてテストをします。

そのアバターに仕事をさせ続け、テストを経たら、監視する(テストする)のを止めます。
たとえば、新人(新入社員)に仕事を教える時は最初は手取り足取り教え、チェックして評価して、褒めて育てます。そのうち任せることができるようになり、最後は依頼するだけでよくなります。
一言仕事を依頼するだけで、手取り足取り教えていたとき以上のクオリティで仕事が仕上がってきます。

アバターも新入社員のようなものです。最初は丁寧に設定をして、テストを繰り返しますが、そのうち自動的に仕事(気功ワーク)をしてくれるようになります。そしたら依頼するだけでよくなります。その段階になると気功技術へあと一歩です。アバターへの依頼をトリガーとすることです。何らかのスイッチ(依頼の段取り)を決めれば、そのスイッチを押すだけできちんと仕事が仕上がります。
これが気功技術です。そして気功技術の作り方です。

伝授というのは、いわばこのアバターを相手に渡すことです。きちんと育てた社員を他社へ(クライアントの心と身体へ)移籍させることです。指示書というトリセツ(取扱説明書)を渡して、トリガーを教えて移籍終了です。

この伝授というのはきわめて強力です。

そして伝授を単に技術の伝承のためだけに使うのはあまりにもったいないと言えます。言葉に縛られるのはもったいないことです。


まあそれ以前に当然の疑問がわきます。

コンピュータはよくわけがわからないけど動くのは分かる。しかし、気功は本当に機能するのだろうか?と。これはきわめて本質的な疑問ですし、徹底的に問う必要があると思います。

しかし、結論から言えば、それは一生の課題とすべき問いです。気功がなぜ機能するのかが納得できる形で理解できないから、気功を使わないというのは1つの立派なあり方ですが、あまりお薦めできません。

というか理解できないから使わないというのはロジカルなようで、あまり根拠はありません。非論理的です。

我々はよく分からないけど使っているものに囲まれています。コンピュータもその1つです。

理解してから使いましょうというのであれば、すべてにその原則を貫けばいいですし、気功だけその例外にするのであれば、その例外を設ける理由を「わからないから」以外にすべきでしょう。
わからないから使わないのであれば、PCもiPadも分かるまで使わなければいいですし、分からないけど使うのであれば気功もそうあるべきです。
気功に興味がない人は、もちろん「興味がない」から使わなければいいのです。分かるか分からないかはどうでも良いことです。


気功はオカルトであり、科学的ではないと考えるのであれば、自分の言動や行動がいかに科学に基づいているのかを精査すべきです。

権威ある人が「気功は眉唾だ」と言っているから気功は信じられないというであれば、権威主義者であることを自ら認めることになります。別に権威主義でも良いのですが、自分の頭を使わないで人のせいにして人生を被害者意識に彩らせても良いことがあるようには思えません。

「常識から言って(気功は嘘だ)」というのであれば、その「常識」とやらの根拠を問うべきですし、アインシュタインではないですが、常識とは偏見のコレクションにしかすぎません。根拠はなくすぐに変わるものです。


では、何を基準にすればいいのかと言えば、基準などないので好きにすればいいとしか言いようがありません。

「まといのば」ではいかに気功が科学化されたかについて語って来ましたが、多くの人とディスカッションしてきた結論としては、多くの人は科学に敬意を払っていないし、論理にも敬意を払っていないというものでした。科学以前に理科の知識もないので、お話になりません。
それでドヤ顔で批判されても、◯◯◯◯◯です。

結論から言えば、気功はオカルトですし、極論を言えば「まといのば」では(中国由来の伝統的な意味での)気功は教えていません。
気功と言えば気功とも言える気功みたいなものを教えています。

別な言い方をすれば、認知科学に基づく内部表現の書き換えを教えています。認知科学に基づく「共感覚による内部表現の書き換え」を略して「気功」と呼んでいます。「自然哲学の数学的諸原理」を略して「プリンキピア」と呼ぶのと同じです(違うか)。

内部表現とは平たく言えば心と身体のことであり、心と身体の書き換え方を教えています。
しかし、心と身体を書き換えるのは至極簡単なことです。
誰かに何かを話しかければ、その声を聞いて意識に上げた相手の「心と身体」は書き換えられます。
我々は環境といつも相互作用をしながら、内部表現を書き換えていっています(書き換わっています)。体温も呼吸も感情も内部表現です。
ですから、内部表現の書き換えというのはいつも起きていることと言えます。

「呼吸法を教えます!」と言っても、「呼吸は日々していますし、やり方も知っています」と答えられるのと同じです。内部表現の書き換えという言葉に惑わされることはありません。日々していることです。ただそれをどうエレガントにやるかによって人生の質は大きく変わるかもしれないということを我々は示唆しているに過ぎません。呼吸も内部表現書き換えも。

(もちろん気功というのは単なる内部表現書換ではなく「共感覚による」がつきますので、通常の書き換えとは異なります。しかし非常にシンプルに言えば、共感覚というのも定義を考えれば「モーダルチャンネルを替えて提示すること」でしかありません。モーダルチャンネルを替えて提示される人々が共感覚者です。視覚情報がなぜか音として意識されたり、音情報が目に見えるのが共感覚です。この共感覚を後天的に取得して内部表現の書き換えに利用するのが気功師です)

「内部表現の書き換え」と言ってもピンと来ないので、伝統的な用語(と思われている新しい用語であるところ)の「気功」を用いています。別に導引術とか布気と言っても良いのですが、気功のほうが人口に膾炙しています。

これが前世紀であれば気功は、現在以上に社会的に良いイメージがなかったので、おそらく催眠と言っていたかもしれませんし、潜在意識開発とか、能力開発と言っていたかもしれません。右脳開発でもいいのですが。言葉はどうでも良いと言えばどうでもいいのです。

(一応付け加えますが、いま唐突にこんなことを言い出しているのではなく、「まといのば」は開所以来同様のことを繰り返し言っています)

寄り道がすぎたので、結論だけを述べますが、「言葉はどうでもいい」のです。

その言葉の概念ネットワークが何を指しているかのほうが重要です。
言葉自体に意味があるなどと盲信すると、愚かな言霊信仰に陥ります。

(言葉に実体はありません。ただの現実の写像です。ただ現実も写像です。別にイデアの写像ではなく、写像の写像の写像が世界であるというだけです。Mapping(写像)するというアルゴリズムだけが浮いているイメージです(ここではMappingとアルゴリズムは同値として語っています)。)


ヒルベルトと同じです。点や線や面のかわりにテーブルやイスやビールジョッキと言ってもいいのです。言葉が意味を無駄に引きずってしまうならば、違う言葉に変えたほうがいいのです。

The elements, such as point, line, plane, and others, could be substituted, as Hilbert says, by tables, chairs, glasses of beer and other such objects.Wikipediaのヒルベルトの項目より

その言葉をどんな文脈で使い、どのような概念ネットワークが後ろに走っているかが重要です。

タイトルにもあるように伝授を伝授だけに使うのは、言葉に縛られすぎです。言葉の表面的な意味にとらわれすぎると自由な発想を阻害します。

「気を流す」という行為をすべて「伝授」に切り替えたら強烈なヒーリングが起こります(伝授もされますが)。なにかモノに伝授すれば、強烈な封入になります。過去の記憶に伝授すれば、ピエタとなど同等の過去の浄化やヒーリングの効果を発揮するかもしれません。

自分の手元にある言葉を洗練させ、ヴァージョンアップさせることが、自分の世界を豊かにし、世界を豊かにすることにつながります。それこそが内部表現の書き換えであり、ヒーリングです。