お互いの重なり合えない気持ちが、別々の楽曲という形で表現され、どれほど近づいても一緒になれない切なさを音楽で表現しています。
でも不思議なことに、2つの曲をバラバラに聞いている感じがしないのです。むしろ新しい美しい音楽に感じます。別な光景が自然と重なって渾然一体となるような感覚です。
この時、僕らは2つの楽曲を聞きながら、1つの音楽、1つのシーンとして見ることができます。
これがゲシュタルトの再構築であり、抽象度が上がったときの感覚です。
ゲシュタルト?
1つの曲は1つのゲシュタルトを持ちます。
1つの世界観、1つの音楽世界と言い換えてもいいかもしれません。
意識上では僕らは1つしかゲシュタルトを維持できないので、楽曲を聴くときは一度に1つの楽曲しか聴けません。
ゲシュタルトはパラダイムやフレーム、世界観、枠組みなどと言い換えても構いません。
もちろんそれぞれきちっと学問的な定義がありますが、ここでは感覚で体感として用語を認識してみてください。
我々の脳は一度に1つの曲しか聞けないはずが、一度に複数の曲を聴くと脳はあわてて抽象度を上げます。2つのゲシュタルトを意識は維持できないので、現状のゲシュタルトを破壊して、2つの楽曲のゲシュタルトのLUBを取ろうとします。
LUB?
LUBとは苫米地理論の重要語句の1つであり、現代哲学と現代数学の用語です。Least Upper Boundの略です。
ここで言えばAという曲とBという曲があるとします。Aという曲にはAというゲシュタルトが存在します。その曲の持つイメージ世界です。そしてBにはBの世界があります。それを同時に聴くと、Aという世界でもBという世界でもなく、両方を含みながら1つ抽象度が上がったCという世界が見えてきます。
これがLUBです。
AとBを1つ高い抽象度で再構築した世界(ゲシュタルト)がCとすると、そのCをLUBと呼んでいます。
LUBのポイントはそれが気持ち良いということです。
LUBが取れた(見えた、聞こえた、感じられた)ということは、抽象度が1つ上がったということです。
抽象度が上がるとドーパミンが出て、とても気持ち良いのです。
僕らがミュージカル「オペラ座の怪人」で重ね合わされた音楽世界を聴くと気持ち良いのは、抽象度が上がるからです。
数学の難問を自力で解いたとき、難しい理論が明瞭に分かったとき、抽象度が上がる瞬間はとても気持ち良いものです。
「ユーリカ(eureka:見つけた!)」とアルキメデスが叫んだとき、まさに混沌から秩序を見つけたときであり、抽象度が上がったときです。
苫米地先生の初のクラシック本の付属CDを聴くと、それがより明瞭になってきます。
クラシック音楽自体が抽象度を上げてくれます。それを重ね合わせて聴き、見事な調和を体感するとき、もっと抽象度が上がります。
苫米地先生はまさに音の魔術師とも言うべき見事な重ね合わせでクラシック音楽を全く新しい音楽のように聴かせてくれます。
この時の感覚こそがLUBであり、抽象度が上がるという感覚です。
複数の音楽を同時に聴き、それを1つの楽曲として脳は認識する瞬間のドーパミンこそが、我々が24時間維持したい抽象度世界です。
抽象度が上がると気持ち良いのです。
*過去記事でも紹介しましたが、この苫米地先生の新刊には、トップバレリーナである東京バレエ団プリンシパルの井脇幸江さんが、苫米地理論を無意識でどう使っているのかも紹介されています。いろいろな意味で抽象度が上がりそうな本です!
オペラ座の怪人 [Blu-ray]/ジェラルド・バトラー.エミー・ロッサム.パトリック・ウィルソン

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聴くだけ!クラシック音楽で脳が目覚める/苫米地英人

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