自分責めって
結局のところ
ずっと自分の過去を否定していること
なんだな、とふと思った。
先日ドラマで
学生時代
スポーツに本気で打ち込んでいたものの
ケガをきっかけに
現役を続けられなくなり
本当は悔しくて
苦しかったのに
その気持ちと向き合えず
「自分は逃げたんだ」
「最後までやり切れなかった」
そんなふうに自分を責め続け
その頃の思い出をなかったことにしていた主人公が
何十年も経ってから
結果がどうだったかじゃなくて
あの頃
夢中で頑張った時間そのものが
自分にとって大切な宝物だったんだと
逃げたんじゃなくて
ちゃんと本気で頑張っていたんだって
ようやく気付いた、というシーンをみて
なんとなく
うっすら
自分にも思い当たる節があるなぁって
思ったんだよね。
過去に
15年ほど勤めた大学病院。
あのときの自分のことを誇りに思う一方で
心の奥では
辞めるときの自分を
私も「逃げた」と思っているのかも。
看護部長になるぞ~なんて
言ってた若かりし頃の自分もいたのに
「最後までやり切れなかった」と
ずーっとどこか責め続けているのかも。
当時の環境やメンバー
時折思い出すと
なぜか胸がチクッとしてた。
もう何年も会ってない
当時お世話になった人たち
一生懸命患者さんのことを考えた仲間
時折思い出しては
会いたいけど会いに行けない
私にはそんな権利ないよね
くらいに思ってた。
ドラマの主人公に自分を重ねて
私は私の過去を責めて
まだ受け入れられてなかったんだな~
って気付いたら
ちょっとホッとした。
で、そしたらなんと!
当時病院で仲良くしていた方から
「まよ~ご無沙汰!
今度○○さんが○○長になったから
お祝いするよ~。都合はどう?」
って連絡が!
そのメンバーと会うのは
多分もう7年?8年?ぶりくらい。
これにはびっくりした。
安心のエネルギーってすごいね。
過去を受け入れたら
あのときの自分を許すチャンスが
向こうからやってきた。
久しぶり過ぎて
ええとこのお店やったら
何着ていったらいいかわからんし
顔もしわが増えてオバハン化進んじゃったし
行かない理由なんてなんぼでも浮かんだけど
チャンスって思った私は
きっとみんなに会いに行くんだろう。
人生ってこうやって動くんだな
って思った話。
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