スマートウォッチ、こんな風に使っています | 虚空のスキャット

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自分のことは棚に上げてココロの思うまま、スキャットの如く、愛こそはすべて・・・の精神で綴っていきます。

ひょんとしたことから、スマートウォッチを使い始めてもう、1年半くらいが経ちます。

毎日使っているうちに、時計の画面の使い方に「型」というか、ローテーション的なルールというか、そういうものができてしまったので、今回それに関して書いてみます。「そんなカスタマイズには興味ないわい!」という方、本当にスミマセン。

まず、仕事のある日ですが、出勤するまでにアナログな針時計のものにします。秒までわかるものにします。それから、何分を長針が指しているのかわかりにくいものは避けます。それプラス、デジタル表示・・・なんてモノもあります。

なぜそういうのがいいのかというと、授業の残り時間を正確に知っておきたいからです。そこらへんが「だいたい」だと、困ってしまうのです。いつもきっちり、TVの生放送みたいに、何時何分何秒で授業を終わっているわけではないですが、できるだけ、早く終わってしまったり(というのはほぼ、ないですが)、延長してしまったり・・・というのを避けたいのです。というのも、授業の特に、延長することはかなり迷惑になることがあるからです。ボクはよほどのことがない限り、授業の延長はしません。延長してもせいぜい、1~2分までです。ここはこだわっています。

話はそれますけど、結構いるんですよ、授業を延長する先生。しかも、授業と授業の間の休み時間も延長して、次の授業コマまで食い込んで延長する先生も珍しくありません。だいたい、そういう延長する先生って、誰だか決まっているんですけどね。

正直、そういうことに迷惑に感じることがあります。きっと、生徒もそうだと思います。延長の原因が、授業が盛り上がってのことならまだしも、ボクが知っている限り、そういう例はほぼ皆無です。大抵は、授業構成ミスだったり、授業の中身以外のこと(例えば何か配布物を配って、それに関して喋っていて時間がなくなってしまったとか)で延びたりするケースがほとんどです。あまり批判したくはないですが、まあそういう現実がある、ということです、ハイ。

閑話休題(それはさておき)。

仕事が終わって、帰りの電車で「落ち着くと」デジタルの画面に変えます。「落ち着くと」というのは、電車の乗り換えで、秒単位のことを気にしなくてよくなったら・・・という意味です。結構、綱渡り的な乗り換えを強いられることも少なくないのです。要するにネットでは特に遅延になっていなくても、微妙に1分半くらい遅れて、駅に着いてからダッシュしても乗り換えが間に合わなかったこともしばしばだったので・・・と書くと、鼻で笑われそうですけど、ボクが帰宅するのはいわゆる深夜なので、電車一本遅れると20分くらい違ってくることもあるのデス。

デジタルの画面は、電車の乗り換えが「落ち着いて」さえいれば、秒単位がわからないものでも構いません。

そして、アナログの画面でもデジタルの画面でも共通していることのひとつは、表示が小さい等、時間が読み取りにくいものはNGだということです。理由は簡単でボク、老眼なので(苦笑)。しょっちゅう、サイトで時計の画面が新しくダウンロードできるものがアップされていますが、半分くらいはそういう理由でダウンロードしません。

さて一方で、休みの日はというと、昼間はアナログの針時計の画面にしていますが、針が大きめの表示のモノにしています。仕事がある人は逆に、細かく何分までわからない感じのおおざっぱなものにしています。休みの日には、あまりヘンに時間を気にしたくないのです(昔は一時期、時間を意識しないように、オフの日は腕時計をわざとしないようにしていたこともあるくらいです)。夜はデジタルものにしますが、仕事のある日にはしていないものにしています。文字が大きめののものをしていることが多いですかね。そうやって、自分なりにオフとオンを使い分けているつもりです。

何かと便利なスマートウォッチ。重宝しています。

今日は「Statesboro blues」(The Allman Brothers Band)が最高!