去る10月31日。ポール・マッカートニーのライヴに行ってきました。
そのことに関して、色々なところで報道されているので、ここでは思いっきり、「私見」で、「自分が書きたいこと」を書かせてもらいます。セットリストなど細かいところは、他のサイト等でどうぞ。
実はもう35年くらいビートルズの大ファンのボクですが、ポールのライヴに行くのは「初来日」した1990年以来、今回で2度目なのデス。
これにはワケがありまして・・・。短くない話になりますが、よろしければお付き合いください。
遥か昔の高校時代のこと。
友人がビートルズのファンクラブに入っていてある日、「ポール来日要請」の署名をすべく、署名の紙をボクのところにもってきました。もちろん、ボクもそこに署名しました。
ご存知かもしれませんが、1980年1月、来日公演すべく来日したポールですが成田空港に到着後、不法薬物所持で逮捕され公演は中止となり、以来、自身がツアーをしていなかったこともあり、来日公演は実現できずじまいでした。ローリング・ストーンズ(のミック・ジャガー、キース・リチャーズ)もそうでしたが、いわゆる法務省入国管理局の「ブラックリスト」に載ってしまった・・・ということです。
1989年にポールは傑作『フラワーズ・イン・ザ・ダート』をリリースし、ツアーに出ます。で、先述の署名は「日本に来てもらおう」と、始めた署名なんですね。これが功を奏したのかはわかりませんが無事、1990年3月に来日公演が行われました。
ただ、この時はもともとの日程ではなく、ポールの体調を考えて1日おきの日程にチケット発売後に日程変更となりました。ボクもこの「被害」にあいました。別にポールを責めるつもりはないですが(と強調しておきます)。公演が中止になった日もありました。
今のボクは当時のポールの年齢なのでわかりますが(このごろ自分は「トシだなぁ」といろんな場面で感じます)。10数年ぶりにツアーをやった当時のポールも実際にツアーを始めて「あっちゃぁ」と思ったのかもしれません・・・。このときのことは「今では」理解できます。でも、当時のボクは少々がっかりしました。日程的に行けたものの、なんというか、スカされたような感じをもったのは事実です。
ちょうどバブルの時代。チケットを確保するのもひと苦労でしたが、知人に頼んで東京ドームの1F席をなんとか確保できました(隣の席には前田日明選手「一行」がいてビックリ)。
さて、実際のライヴですが、ポールの調子が悪いのか、(あくまでボクが行った日は、ということですが)声がかすれた感じで正直、「痛い」感じでした。がっかりはしませんでしたが、なんというか盛り上がりきらない自分がいました。それよりひと月前にストーンズのライヴを見ていて、それと比べるわけではないのですが・・・。
続きは次回。
今日は「Drive my car」(Paul McCartney)がよかったです。

