自分は○○だから、無理
自分は○○だから、出来ない
○○には、ネガティブワードが入る。
私もそんなに自己肯定感が高い人間じゃないから言ってることはよーく分かるのだけど、この人は、ほぼ全てにおいてこうなのだ。
たぶんいろんなブロックがあるんだろうけど、もう何かにつけてこの調子なので話していても楽しくないことが多々ある。内心、「ちょっとはそこを抜けたら?」とイラっとする時もある。
ここまで自己卑下が強いと、傲慢に聞こえてくる。
だって背も高いし、IQ も高いし、スポーツも出来るし、ルックスも悪くない。
若い頃にこじらせてなければ、それなりの人生を、送れたであろう。
何でここまで自己肯定感低いのか、一般的な視点でみるとわからない(インナーチャイルドやら、宇宙系遺伝やら、過去世とか探ったら出てくるんだろうけどね、いろんな意味でなかなかこじらせてるし、私には近すぎる人間なので、今のところほぼノータッチですが)
自分は○○だから、無理
自分は○○だから、出来ない
これって傲慢なワードを言っているように聞こえてくる。
自分は特別(不幸だから)無理。
自分は特別(大変な思いをしてきているから)出来ない。
もちろん本当に大変な方もいる。
でもこの人の場合、霊的に敏感だったのと、親が過干渉なのと、本人の被害者意識が強過ぎるのであって、そこまでいつまでも卑下しなくていいやん、と思う。
(比べるものでもないが、むしろ私の方がよっぽどな人生だ)
最後には、自分は特別だから、誰にもこの苦しみはわからないと。
もうここまで来ると、自己卑下なのか、慢心なのか、紙一重。
沢山の精神世界、スピリチュアル系の本を読んでも相変わらず(バシャール読んでも)。
これってよく言う「スピリチュアルエゴ」の一種なのですかね。
私もそうですが、スターシードやスターチルドレン系と思われる方は、どうしても孤独感や疎外感を感じたりします。
親や環境が理解してくれないと、かなり辛いと思います。
かつては私もそうだったし、今でも残っている。でもここまでいつまでも引っ張っている頑なな人は、珍しい。
行き過ぎた自己卑下は、慢心に繋がる。
やはりこれも、バランスの取れていない状態だ。
ある意味それらは近しいものを感じる。
そこをいくら説明しても、受け入れない。どうも身近な人間に言われるのが嫌らしい。
この人が身近にいるのは何だろうなぁ。
いつか、少しずつでも多角的、多次元的に解除出来て楽になればいいなぁ、と、ちょっと腹立ちながら思う。