黒歴史編 最終回です。
だいぶ長編になってしまいました![]()
気づいたら足抜け
Nさんからは1度手紙が届いた。
内容も既に覚えていないけれど
たぶん会って話そうみたいなことが
書いてあったのだと思う。
私は1度都内まで出向いてNさんに
会った記憶がある。
手紙のやり取りでそうなったはず。
会った時のことも1部分しか
覚えておらず
今振り返ってみると
うっすら
またサロンに通って学んで欲しい
みたいな話もあったような気もする。
どう返事をしたのかも思い出せない。
私が覚えているのは
彼の左手の薬指に光る指輪に気づいて
婚約者がいることを知った事。
そうなのかあ、と思い
どんな人なんですかと聞いた時に
彼は
「うーん、彼女は…違うんですよ」
とはにかむというか照れるというか
そんなような幸せ溢れる笑みを見せて
つぶやいたので
ほんとに好きなんだなあ、と
思ったことくらいだった。
(この言葉と表情だけはすごく覚えてるんだよね)
この時のNさんはきっと
ご自身の結婚のことや人生のことで
いっぱいだったのかもしれない。
別に私にわざわざ会ってまで
仲間でいて欲しいみたいな熱意が
あるわけではない感じを私は
受けたのだろう。
せっかく来るようになった
しかもだいぶチョロそうな人材を
逃したくなかったのか
サロン内で誰かが彼に連絡をして
説得するようになんて話が
あったのかもしれない
その指示に従ったまでで
事実、サロンに行ってほしいという
話はあったような気もするけど
ちょろっと会って
ノロケ的な話をされ
(自分が話題を振ったことは棚上げしてます笑)
説得されるかっつーの。
ねえ。
拗らせ劇場を展開してる
小娘を舐めんなって感じなんですよ笑
あんたなんかもう婚約者さんと
ラブラブで幸せで
私のことなんかどうなったって
別に構わないんでしょ
おいしいこと言ってたって
結局私のことなんか置いていくんでしょ!
そんな人の言うことなんか
聞かないもんね!
と言うあたりが
多分私の本音だったと思う。
当時は全く言語化できてないけど
あんたのいないサロンなんか
1ミリも面白くないんだわ
いまさらあの場所に行ったって
私にはなんのメリットもないんですよー!
と
どこかでは思っていたんだと思う。
私が自覚なくそれくらいNさんに
懐いていたとも言えるので
彼はきっと何か純粋な部分を多く
残していたのだろうと思う。
彼の言葉だけが私に伝わって
他の人のそれは何も入らなかったのは
なぜかを考えてみると
なんとなく目が怖いとか
張り付いたような笑顔とか
そう感じる人たちが
優しげな言葉を言っていても
どこか気持ち悪さがあるのを
私は感じていたのだと思う。
誰かからもらった手紙も
当時はもんやりした感情でしか
感知できなかったけど
一言で言えば「あざといなあ」
って感じ。
Nさんは
笑顔は笑顔だったし
言葉と雰囲気がずれたような
感じもしなかったし
そんなところに
私は安心感を感じていたかもしれない。
だからこそ、
のちに会った時に
彼はもはや婚約者さんしか眼中になく
私はモブ的存在だというのもよく
伝わったのだろう。
一抹の寂しさを伴いながら
その日を境に
私は完全にこのサロンに関わるのをやめた。
この団体がどんなものだったかを
全く知ることなく。
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この団体の名称を知ったのは
その数年後に
テレビが突如一斉に話題にし始めた時だった。
近年でも大きなニュースになる事件があり
なのでお察しする方もいるかな。
いろんなことがテレビの話題となり
かつて私が体験したことが
信者を勧誘するための方法だと知った。
印鑑を売る団体と
聖書を勉強する団体の大元が
実は同じだったというのも
この時知った
それを知って本当に驚いたし
同時に、私はNさんを思い出した。
彼が話していた
その婚約者さんというのは
おそらく団体の教祖が選んで決めた人
なんだよね。
(そういうシステムのあるところだった)
だから特別で彼女は「違う」と
言っていたのだなと後から理解した。
一般的に恋愛をして
「めっちゃ好きだから!他の人と違うから!」
と言っているのだと私は解釈していたけど
ベースが全然違ってた😭
それはそれで呆然としちゃったけど
そして
あの時の離れ方は
私にとってはとても手痛い
ことだったけど
ある意味本当に
幸運な訣別だったのだと知った。
お陰で
さまざまに取り沙汰されていた
信者となった人たちの修行?なのか
徳を積むためのあれこれを
体験しなくて済んだ。
Nさんゆえにこの団体に
足を突っ込みかけたというのに
Nさんゆえに
関わらずに済んだという。
この頃の私は
本当にネガティブな劇場を
頭の中で繰り広げてはいたけど
それはそれで私を守る盾となっていた不思議。
生きているって面白いよね。
この他にも
街頭キャッチセールスで健康食品買わされたとか
電話で呼び出されて出向いたところで
何かを買わされるとか
まあまあな商法にことごとくかかって
その度に彼氏に怒られまくり
(本当に懲りてない)
その助けもあってギリギリで
被害からすり抜けるという
20代前半だったのだけど
こうなっちゃうベースは
いつも「自分がない」からだった
人の話の方が正しい
人の勧めるものならいいかもしれない
強く出られると断れない
となりがちで
しかも
そこに「私はどうなのか」が
全く入っていないのと
恒常的に感じている孤独感から
「私にかまってくれる」という
エッセンスが入り込んで
……いやほんとうに危なっかしいね!私!笑
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この頃の私の脳内劇場を
心理的に見ると
父性への執着
孤独感からの回避
つながりを求める気持ち
そういう気持ちを持ちながら
いくつもの劇場が同時に動いていた。
それが私を守ることにもなっていたので
ネガティブな思考や感情って
必ずしも悪者じゃないとは思う。
ただ。
そもそもこんな劇場を
上演しなくて済む人生の方が
ずっと楽だったよなあとも思う。
気持ちの乱高下でめっちゃ忙しいからさ😂
危なっかしい体験を重ねながら
生き延びた20代の私がいて
今こうして
脳内劇場研究家をやることに
つながってはいるので
無駄じゃなかったとは思います。
そんなこんなのあれこれも活かして
お役に立てたらいいなと思っています。
誰もがやらかすし(私ほどじゃないと思うけど!)
誰もがこの脳内劇場は日々展開しているから。
脳内劇場、自分ストーリーは
一つの夢からもう一つの夢に
移行するようなもので
ここから完全には抜けられないのです。
良き方向に向かう脳内劇場を
作っていきましょう
長いお話にお付き合いくださって
ありがとうございました🍀




