ほわりどう

ほわりどう

脳内劇場研究家(脱出担当)
10人10通りの「脳内劇場」
過去の経験から書かれた古い脚本で、一人で苦しむのはもうおしまい。
頭の中の「劇」を紐解き、軽やかに脱出するサポートをしています。

こんにちは

ほわりどうです

 

 

とあるコミュニティでのお悩みを聞きました。

その方(Aさんとしますね)、

あるコミュニティに参加していて、

師匠と呼べるような人(Bさんとしますね)から

直接指導を受けていたんですね。

 

ある日、体調不良とかではなくて

他の予定とかぶって

そちらを優先したくて

予定をキャンセルしたら

「あなたのために時間を作ったのに、

それは社会人としてどうかと思うよ」

と言われて、申し訳なくて謝ったのだそうです。


 

でも同時に、なんとなくコミュニティに

感じていた違和感が

その言葉でさらに強くなったとも言っていて。

 

コミュニティそのものには合わない感覚がある。

やめることも頭を掠めるけど

でもBさんとの関係まで切りたいわけじゃない。

そして苦言を呈されたことで

本当のことを言ったら縁が切れてしまうんじゃ

ないかという怖さもあって

どうしたらいいかわからない、というお話でした。

 

 

さて。

罪悪感って、こういうふうに

使われることがあります。

 

「あなたのためにこんなにしてるのに」

「それを無下にするのは人としてどうか」

 

この、「こんなにしてるのに」は

Bさんが自発的にやっていることで

Aさんが頼んだわけでないのです。

 

無下にするも何も

Aさんが自分で決めた行動を

制限しようとしているの

わかるでしょうか


 

Bさんの脳内ではどんなことが

起こっていそうかというと

 

普段はみんなの成長を願うBさんですが

Aさんが自分から自立して

離れていくかもしれない

みたいな不安から

罪悪感を抱かせて

手元におこうとする

 

と言うことが起こっていた

可能性があります。

(推測でしかないけどね〜)


 

自分が不安だから、

離れていく気配を感じた時に

無意識に出てくることもある。

「あなたのために」

という言葉が出てくるとき、

その裏に相手への本物の思いやりが

あることもあるし、

自分の不安を相手の責任に

すり替えてることもあります。

 

私の経験上、本当に相手を思っての

時は「あなたのために」という

言葉はあんまり聞かない気もしますけども。




 

ところで、Aさん側の話もしたくて。

自分の「なんか違う」という感覚より、

相手への申し訳なさが先に来てしまう。

違和感は感じてるのに、

「自分の思い込みかもしれない」

で打ち消してしまう。

 

そんなことが起こっていました。

Aさんも、コミュニティへの違和感は

前からあったんです。

でもそれより先に

「まだ自分が学べてないだけかもしれない」

が出てきていた。

自分の感覚を今ひとつ信頼できない

ここも、悩みどころだったようです。

 

Bさんとご自身との関係の構造が見えて

いろんなことが整理されて

今後の道筋が見えてきたようです

 

何度も何度もやってくる感覚は

自分の本音の声かもしれないので

しっかりキャッチできるように

普段から内側に耳を澄ませてみてね⭐️

 

 

 

こんにちは

ほわりどうです

 

突然ですが

Threads始めました

https://www.threads.com/@howarido.tarot

 

5月も終わっちゃいますね。

週1更新がほぼできず!

 

今月は講座スタッフ業務が

忙しくて

ありがたいことに後半は

受講生さんと

たくさんセッションさせて

いただきましたニコニコ


お話しする中で

脳内ストーリーに気づき

意識されることで

今後が

今よりもっと

ご自身の願う

よき場所へ行く予感を

感じられるのが

嬉しいのです

 

学びも多く

スキルアップもさせていただいて

とてもありがたいです

 

そして今更感もありますが

冒頭に書いた

Threadsも始めました

 

そちらでは毎日

1枚引きのカードからの

メッセージを書いています

 

いろいろいろいろありまして

試行錯誤中なので

脳内劇場研究家はそちらでは

まだ出していなくて

タロットの方を少し

強めに出しています

(やることは基本一緒です!)


実は「今日のメッセージ」

的なことはやったことなくて

(漠然としたところで引いても

どこに当たるんだろう的な感覚)

これでいいのかなと

思いながらも

なんだかんだ

カード引くの楽しいし

そこから

あるある事例を引っ張って

今これでなやんでいる

あなたに的な

メッセージにしています


 

1日3投稿という

ノルマがあって(どこの)

まだ始めたばかりで

達成できていないんだけど

ぼちぼちやりますので

よかったら

みにきてください

 

なんだか

1日中何かしらの文章

考えていて

ワタワタしていますが

こちらでもまた

脳内劇場のこととか

お話していきたいなあと

思っていますキラキラ



近所にできたカフェのバスクチーズケーキが激おいしいのでどうぞ♡

こんにちは

ほわりどうです

 

GW終わりましたね。

楽しく過ごせたでしょうか。

 

前回に続き

褒め言葉を受け取れない

違うパターンのことを

書いてみようと思います。


 

褒められたとき

素直に喜べない人。

「ありがとう」じゃなくて

まず疑うやつ。

なんで褒めてくるんだろう。

お世辞でしょ。

何か下心あるんじゃないの。

褒め言葉を受け取る前に

推測できる裏をめっちゃ考えちゃって

シャッター閉めるやつ。

 

ちょっと待って。

 

あなたは芸能人?

インフルエンサー?

ものすごくお金持ち?

社会的に地位のある人?

いや、地域に影響力のある人でもいい。

お世辞を言っておくと

おいしいおこぼれがもらえるような

立場の人ですか?


 

お世辞を言っても

別に何も起こらないなら

その人は本当に

あなたの素晴らしいところを

褒めたかっただけなんですよ。

 

でも受け取るのが怖いんですよね。

間に受けたら

あとで痛いことが起こるんじゃないかって

想像しちゃう。

調子に乗るんじゃないって

内側から声が聞こえてくる。

なんなら

お世辞であってくれ

くらい思ってるかもしれない。

そしたら受け取らなくていいから。

 

これ、疑り深い性格とかじゃなくて

喜んで心を開いたら負け

みたいな方程式が

どこかに刷り込まれてる劇場が

展開されてるだけなんです。

 

あとで痛い目に遭うのも

怖すぎるって

疑う気持ちが強すぎて

とりあえず受け取らないように

しちゃうこともある。

 

でもそれは

過去のあなたを守るために

出来上がったシステムで

たぶん今は

使わなくていいシステム。

 

勇気は必要だけど

受け取ることで

違う世界が見えてくる

かもしれない。

 

あなたの脳内にも

疑り深い人、いますか?🎭

 

あ、でもね

あなたに何か買って欲しい人や

何か下心がある人も

褒めてくるから

そんなものは受け取るなニヤリ

 

こんな場合のイメージ図


こんにちは 

週一更新がままならず
またも慌てております
ほわりどうですガーン

GW真っ只中ですね
いかがお過ごしですか?


ところで
褒められたとき 素直に
「ありがとう」って言えますか?

私、長いことこれが苦手でした。
「そんなことないです」
「いや全然」
「まさか、私なんて」
気づいたら打ち消してる。
反射的に。

褒めてくれた人に
どうしても「ありがとう」
と言えずに否定感
強い言葉を返しちゃう。

いろんな人にたくさん
「受け取って!」と言われました😭
なんでだろうって
内側を探ると私の脳内では
こんな劇場が上映されてた。

褒められる=危険、の劇場

有能な人、目立つ人って
叩かれたり、生意気って
思われたりするじゃないですか。
だから無意識に 
「私はダメな人」の
ポジションにいたいんです。

居続けようとしてた。
褒められるとその場所には
いられなくなるので怖かったんだと思う。
謙遜してるつもりが 実は自分を守るための
劇場だったわけです。

しかも厄介なのが
打ち消してる本人は
「謙遜してるだけ」
って思いたがるのね。

褒められるようなこと
できてないです!
恐れ多いです!
とんでもないです!
ぐらいの勢いで反射的に
否定しちゃうこともあるので

褒めてくれた人に
失礼なことをしてるって
全然気づいてない。
私もそうだった。

これ、性格とかじゃなくて 
「褒められたら危ない」という
脳内劇場が上映されてるだけ。
そしてこの劇場
構造を理解しながら
じわじわと時間をかけて
変えて行けるものだったりします。

私もいろいろ取り組んで行って
ある時期から 「ありがとう」と
するっと出るようになってきて
相手の言葉を受け取れるようになってきました。

これはまだ、時々顔を出すので
反射的に「いえいえそんな」って
いう事もあるんだけど
すぐに気づいて
「ありがとう!」って
言い直せるようになってきています。

褒められる嬉しさも
だんだん味わえるようになりました照れ

あなたは褒められたとき どうしてますか?


褒め言葉なんて聞きませんことよ的な笑

こんにちは

 

ほわりどうです

 

長期記事の投稿が完遂できてほっとしているところです

パートナーシップ講座のスタッフ業でバタバタしていて

週1更新がすでに危うい😂

 

今日は「真実」という言葉について

個人的に思っていることを書いてみます。


 

とある講座で

物事は事実と解釈で捉えられるという

ことを学びました。

 

たとえば

ちょっと気になる人が自分と目が合ったときに

目を逸らされた とか

挨拶しなかった とか

 

まあちょっと不安になるような態度だったとき

あなたはどう感じますか?

 

どうしたのかな?

あれ、私なんかしたかな

私嫌われてる?

 

みたいなことが出てくること

あると思います。

 

これらが「解釈」で

「事実」は

目が合ったけど表情が変わらなかった

あるいは

目が合ったけど挨拶しなかった

 

ということだけ。

それ以上でもそれ以下でもないんですけども

 

なぜか人ってそこに

意味付けしたくなっちゃうんですよね

「事実」は起きたこと。

「解釈」はそこにつけた意味。

 

この解釈って、

言い換えるとその人にとっての

「真実」なんですよね。

 

そしてそれが「事実」みたいに

思ってしまうことがよくあるんです。

 

気になる人がそっけなかった

「私のことよく思ってないんだ、嫌われてるんだ」

 

というのは、こう思う方の真実で

本当は違うかもしれません。

 

体調が悪かった

考え事をしていた

 

そんなようなことかもしれないのです

なので

その人の真実を確認してみる

といいと思うのです

 

あなたが不機嫌に見えてるんだけど、

私何かしたかな?

と思ってるんだけど合ってる?

 

みたいな聞き方ができると

 

「あれっ、そうみえた?考え事してたんだよ」

 

みたいに思っていることと

違う返事が返ってくることは

よくあるんです。

 

まあ、思っていても

「そうだよ」とはなかなか言わないとは思いますが

そんなこと思ってなかったのにそう思われていたら、

心外だとは思うでしょう。

多分、「こうだったんだよ」って

話をしてくれると思うんですよね。

 

 

 

ここには自分と相手の真実が

2つ存在していることになります。

 

自分の「真実」と相手の「真実」を

真ん中に置いてみると

人間関係のすれ違いがだいぶ緩和されてくると思うのです。

 

関係を大事にしたいと思う人とは

大事な事柄になるほど聞くのが怖いと思うので

どんな答えが返ってきてもいいような事柄を

気楽に聞いてみると違う景色があるかもしれません

 

この猫様はどんなふうに見えますか?😊