先日久しぶりに瀬戸まりこさんにお会いして、
最近どうしてああしてね、というハナシをしていたら、
「皆川さん、一次だね!(になったね~)」

と言われて、
そうか、人から見て、そう見えるようになったのか、と思いました。
「一次」というとらえ方を詳しくお知りになりたい方はこちらへ ➡★
というのはですね、
いろいろありまして、私は自分の中のOSを
入れ替えようと決心したわけですが、
(いきさつはこちら 松原靖樹さんのビジネスコース。)
弾丸に射抜かれて気絶した。~いきさつ編
混乱と涙。40代後半にもなってね。
口を開けて、ポカーーンと空を見ろ。
ビジネスコース終わって少したちました。人生コースな一例はこちら。
ソフトの入れ替えに4か月ほどかかったのですが、
そういうことが起こっている間中、自分で自分を見ることになるの、
何がなんだかよくわからないのですよ。
自分の中に、前提とか価値観とか世界観という
ある種の軸、があって
人間は誰でもその軸の上にたって世界を眺めています。
その立ってるポイントがあるから目を回さずに世界を眺められるわけで、
立ってるところが地震のようにずっとぐらぐら揺れてたら
見ている世界もぐらぐら揺れて(ビデオが揺れてるみたいな)
気分が悪くなってしまいます。
着地しているところは安心の大地であってほしい、
安定した地面に立っていたい、
それは人間の本能。
でもその着地ポイントが、自分の本質とずれたところだとしたら・・・??
世界は揺れていないけど、正直な自分、素の自分とは離れた世界を切り取ることになる、
これは私にとって大問題です。
だから、世界観を、入れ替えようと決心しました。
っていうと仰々しいけど、自分に正直に生きたかったの

それだけです。
自分がありのままに近い状態でいることを選択するかどうか、
それは個人の自由なので、
素の自分にならなくてはいけないということではなく、
人生の中で何を優先するかということ。
あくまでも私の場合はこうしました、ということで
ご理解くださいね。
そこへでてくるのが【ゆらぎ】という言葉です。
とても分かりやすい説明なので
以下、今村愛子さんのブログをコピペさせてください。
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変化しよう!
と自分で決めたはずなのに、やっぱりやめようかな・・、変化しないほうがいいんじゃないか・・

不安や現状維持欲求など不安定さを感じたことはないですか?
それが 【ゆらぎ】
変化のプロセスは
決断
行動の変化
変化の期間
変化完了 ですが、
この変化の期間に
変化への不安や恐怖などの精神的不安定=ゆらぎ
が発生します。
ゆらぎは変化のサインゆらぎがあると言うことは、変化間近ということ

しかし、『この不安や焦りを早くどうにかしたいー
』とゆらぎを除去しようとしてしまうと、
元に戻ってしまったり、現状維持を選択してしまったり、
せっかくの変化のチャンスを逸することに

ダイエットでよく聞きますよね・・・
決断:ダイエットがんばる!
行動の変化:野菜食べよ
変化の期間:痩せてきた!
ゆらぎ:私って言うほど太ってないか
変化できず
って話。。ゆらぎで現状維持を選択してしまってます。
ゆらぎは心のメカニズム
人間は本来安定や現状維持を好むため、
変化をリスクだと勘違いすることから発生します。
よい変化は実際はリスクではありません。
ゆらぎは一時的な物であって、自分が本当に望んでいることとは無関係。
自分のOS- 中心軸ごと入れ替えているときに起こる心の不安定を
ゆらぎって言うのか~。
facebookで話題になり始めたとき、
私がゆらぎ中だったので、
ああ、あの状態のことだ、とすぐ分かりました。
そして
松原靖樹さん考案の「ゆらぎセミナー」が
新発売になり、今村愛子さん講師で世に送り出されました。
(あれ?写真が大きすぎる
まあ、いいか。愛子さんのお顔をどうぞよくご覧くださいませ
)ゆらぎのメカニズムを客観的に俯瞰して、
ちゃんと着地できることを説明してると思うので、
今自分が「絶賛ゆらぎ中!」な方は聞きにいかれるといいと思う。
(実際ね、ワタシ、なんだ!もうちょっと前にこのセミナーが新発売になってたら、
もう少し楽に越えられたのかもしれない、と思うとちょっと、チェって感じ(笑)なんですよ。)
はっきり言って、ゆらぎは死ぬほど苦しかった。
そのときのメモはもう少ししてからでないと出せない(笑)
自分のなかでも軸をしっかりつかんでいるときと、
掴んでいないときと交互にくるし、
それはコントロールできないし、
あ、これで大丈夫だワタシ、と思っても
また揺り戻しみたいなものがきて
何がなんだかわからなくなったりする。
そしてそれがいつ終わりを迎えるのか、
いや、終わりを迎えられるのか、
いや、終わりを迎える方向に向かって歩いているのか、
どんどんわからなくなってきて、
まさに糸の切れた凧、の状態に陥るわけです。
人間が進歩するときにも、年老いて記憶が後退していくときも、
総合力に関するものはすべて階段状ですよね。
一気に行ったり一気に戻ったりするのではなく、
行きつ戻りつして、ある一定の方向に進みます。
糸の切れた凧、これは怖いよ~~~~。
人生や本質をつかむ前提が間違っていても、自分の軸がこれだと思っているときは、
「カメラは安定したポジションにあります」みたいなものなので、
怖くはないわけです。
カメラごとぐるんぐるん回り出して、
ヘリが落ちる瞬間のような「きりもみ状態」、
それが【ゆらぎ】なのだと理解しています。
ところで、先日、せとっちが
「ねえ、そのゆらぎを抜けたときって何かきっかけがあった?」と聞きました。
一瞬考えたけど、答えは、
なかった

あの瞬間があったから、私はすう~~~とゆらぎから抜けたね!
みたいのは、なかった。
というのは、その、行きつ戻りつしながら抜けていくのが
ワタシの場合のゆらぎだったので、
ある一点、というのはなかったのです。
せとっちに「一次だよ、それ」と言われて初めて、
ああ、ある場所を通過したのだなあ、と。
そういう感じです。
ゆらぎ、を通過しているときの私の体感は
「待っている。じっと待っている」です。
コップのなかに、ちょろちょろ水が入ってきていて、
それをじっと眺めながら待っている感じ。
客観的な視点はありませんでした。
水位があがってきて・・・
あがってきて・・・・
あ、あふれた!
その一滴があふれたときが、多分ゆらぎを通り過ぎたときだったのかもしれない。
けれどあふれた水はドバドバ流れたわけではなく、
つつーーーーとコップのふちからガラスの肌をつたって流れ落ちていったようだったので、
みんながあっと振り返るようなものではなくて、
そうなのです、
地味なものです。
ワタシが体感でとらえている【ゆらぎ】というのはこういうものです。
最後に瀬戸まりこさんの
心の希望する生き方 をシェアさせてください。

今村愛子さんと瀬戸まりこさんで、
ゆらぎを経験して、一次へと向かう道を
セミナーでやっていらっしゃいます。 ➡★
さて、昨日はハロウィーン



では、みなさまステキな一日を







