松原靖樹さんの「芸術家の役割」のコラムがとてもおもしろかった~
。途中から抜粋 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
月に50冊ぐらいマンガを読み続けていて、
数年前は1日1冊本を読んでいて、
当たり前のことだけども
おもしろくないものが多い
のだ。
いや、そこそこはおもしろい。
だから読める。
だが「すごく」はおもしろくない。
なんでそれほどまでではないのか。
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思い当たることがある。
古今東西のどの物語、特に神話がそうなんだが
パターンが同じ
なんだな。
ハリウッド映画を観ているとよくわかる。
日本風に言うと起承転結。
順番と流れがある。
歌のようにサビに至るまでのイントロとメロがあるみたいな。
心を動かすにはこうすればいいです
涙を流すにはこうすればいいです
謎を解くにはこうすればいいです
愛を知るにはこうすればいいです
雛形が、ある。
その雛形に当てはめて無数の応用がある。
それはいい。
だが、それがいやだ。
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それだと簡単にできる。
いい小説、いいマンガが少ないのは
全部その雛形に当てはまっているからで
なんで当てはまっているかというと、
間を省いて結論を言えば売れるからで
なぜ売れるかというと、人が雛形を求めているからだ。
人が求めていないものを書こうとは思わない。
売れないものを良しともしない。
だが、今ある型に当てはめて書くことが苦痛でしかない。
文体もそうだ。
00年代半ばぐらいから小説の世界で緩やかな文章が出てきはじめた。
文学的な文章の応用は綿矢りさぐらいからあったけど
瀬尾まいことか柴崎友香が出てきて、
小川糸がなんか賞とって、だんだんそれが定着してきて。
緩やか路線の雛形ができてこぞって書くようになり。
書き方も
ストーリー展開も
雛形、雛形、雛形。
確かに当てはめれば書ける。
確かに当てはめれば人の心を動かすいい小説が書ける。
たぶん、賞も取れると思う。大きいか小さいかは別として。
結局そういうのもマーケティングとプロモーションだから。
だがそんな確かな不確かはオレはいらん。
それならオレ以外の誰かがやればいい。
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オレは新しい「世界」を生み出すものが書きたい。
全くの新しいものはないと思っているから
結局先人の上に乗ることになる半歩か1歩手前のことだろうけど
内容ではなく「型」が新しいものを書いていきたい。
斬新な内容ってのはあると思う。
映画で言うと「シックスセンス」が出たときは
そのオチがものすごい斬新だったと思うけども
それは結局「型」にはならなかった。
これまでの映画の中で秀逸な感じだった。
そういうんじゃなくて、
半歩先の世界を生み出したいんだよな。
ま、今全然書いていない中で何を言っても夢想なのだが。
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昔建築をやっている友達に、
オレがやってるコラムとかセミナーも芸術家がやってることと変わらないと言われて。
感動的な作品や
斬新で新しいものを生み出す芸術家もいるが
オレの中ではそこには興味がなく、
まぁ共感性の高いの作ればいいんじゃね?って感じで
本質的に芸術家の役割は
今ここにない世界をこの世界に出現させることができるかどうか
それを雛形とは言わないが、
新しい世界観として定着させれるかどうか、にあると思ってる。
たとえば
「キュビスム」とか
「ガンダム」とか
「空を飛ぶ」とか
「インターネット」とか
イノベーションの中でも、
創造性が高くてこれまでの世界の概念を変えるものが
芸術になると思ってる。
だから必ずしも雛形にならなくてもいい。
キュビスムは王道ではないし、
村上春樹的な書き方、内容構成は多くの作家がしない。
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最近焼き物に凝ってはいるけど、
新進気鋭の作家のほとんどが現代のニーズに合わせたオシャレなものを作る。
新しい世界は作らない。
オレにとってそれは技術者であって、芸術家ではない。
絵がイコール芸術なわけがないから
(だとしたらイラストは全部芸術になる)
油絵の具で描いて額にはまって、なるべく多くの人を感動させても
それは単純に【感動媒体】でしかない。
歌でも音楽でも、伝統工芸でも、最新技術でもそういうのはある。
今までオレがやってきたことは、
現実世界に適っているイノベーションばかりで
新しい世界はいろいろと生み出したし
コラムで0からの世界創造もやっていると思うけども
芸術家的な視点からは少し遠い気がする。
リアリストとしての新しい世界を作ってきた。
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何も芸術家になろうとしているのではなく、
自分自身のイノベーションのために
物語を通じてこの世界に新しい本質を出せるか挑戦してみたいだけ。
まだ希望程度だけど。
自分の本質を見出す力が、どの分野でどのくらい打ち出せるか
自分でも興味があるしおそらく一生止めないと思う。
だから○○の専門家という肩書きにはならないと思うし
といって、なんでも新しいことに挑戦する冒険家でもない。
リアリストでイノベーターで、次芸術家に挑戦したいという気がしている。
松原靖樹
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前半には「世の中の大多数の人が芸術とか創造だと思っている、実は雛形」
ということが書いてあり、
後半には「芸術とは新しい世界を打ち出すということ、物語の分野をオレもやりたいと思ってる」
ということが書いてあるけど、
お友達がおっしゃっていたように
松原さんがやって創り出している世界は紛れもなく
芸術なわけでありましょう。
芸術的、ではなく芸術。
この世界に新しい世界を出現させてる。
その力強さはお金を得るということに特化した部分が
とても多くの人に賞賛されているだけではなくて、
この宇宙に無数に無限にあるモノとかヒトの力関係とか
引力の関係ってものを、今まであまり見たことのなかった、
全然違う角度から見せてくれるから
おもしろくって仕方がない
。リアリズムとは、生きているということだと私は思う。
生きていること、って
食べたり、
飲んだり、
笑ったり、
怒ったり、
恋をしたり、
悲嘆にくれたり、
驚いたり、
私たちが経験するすべてがそうなんだと思うのだけど、
お金、というのはそういう私たちの生きていることを維持するもの
のものすごく代表的なもの。
お金なしで生きられるすごい人もこの世にいるのだろうけど、
大多数の人はお金なしでは生きにくい。
お金はエネルギーです。エネルギーの流れですっていうのも
よく聞くけど、それもナットクできる。
そして芸術もエネルギー。
人に対して直接作用するエネルギーなんだと思う。
音や、絵や、物語や何かの創造物が人に触れたとき、
人の内面(魂なのか感情なのかわからないけど)に何かの変容が起きる。
それはお金にサポートされて
人がものを食べる、
飲む、それで身体ができている。
てことと変わらないことだろうな。
とてもリアルで具体的な世界。
ただその変容を言葉にしにくいだけかもしれない。
思うのだけど、たとえばピカソは自分が表現した表現物によって
人がどのような影響を受けるか、
どのような影響を及ぼすことができるのかを
考えたことはあったのだろうか。
多大なエネルギーは自分の中身を表現する、ということろまで
意識されていてそのあとは「おかまいなし」だったのか。
自分の中身をエネルギとして表現しているだけだったのか、
自分の身体は宇宙からのエネルギー?を受け止めて
そしてアウトプットするための単なる受容体だったのか。
松原さんの「新しい世界出現」なことは芸術。
そこで特に「物語で次、新しいものを」って言ってることにはとても驚いたけど。
そこはなんでなんだろう。と思ったけど。
憧れ、に近いベクトルがあるのかな。
自分自身のイノベーションのために
物語を通じてこの世界に新しい本質を出せるか挑戦してみたいだけ。
・・・・・・・・・
はい。



ところでもって、レオナルド・ダ・ヴィンチは
「絵画、彫刻、建築、音楽、科学、数学、工学、発明、解剖学、地学、地誌学、植物学など様々な分野に顕著な業績を残し、「万能人 (uomo universale )」 と異名などで親しまれている。」
ってウィキに書いてあるけど、
私は芸術家だったと思ってる
。