美しい伊勢の写真集が印象深い
宮澤正明さんの初監督作品
「うみやまあひだ」を観てきました
とはいえ自主上映会では
プロデューサーさんから作品の見どころを教えていただけたり
本編の楽曲に参加された方の尺八演奏を生で聞けたり
環境活動をする団体の紹介や
著名な方、映画に携わった方のトークイベントまでありました
でも正直なところ
明日から◯◯を実践しようと思いました!
と言えるようなことはなく。
静かにこれまで好きで追ってきたことや
周囲にわかってもらえないと思っていたことを思い出すばかりでした。
うれしかったことが2つ
作品本編の中で紹介された
「伊勢神宮の森から響くメッセージ」は
個人的に好きで学生時代から見ていたような
伝統工芸士さんのお仕事や
地域のお祭の記録映像を見ているようでした
技術を通して残していきたい大切なこと
日常の中に織り込まれた大切なこと
それを説明するでもなく
映像に記録して
一種「口伝」のように残された伊勢神宮の日々の神事や遷宮の年の記録。
学生時代に追っていた記録映像は
図書館の奥底でしか見ることが出来なかったり
専門的な技術に関心がある人が来場する場所でしか見られない
そんなものがほとんどでした
この作品では
著名な建築家、芸術家、宮大工さんや科学の側面から研究されている方
環境の現状を伝える活動そされている方が総勢で
沢山の人が見る映画作品の中で
この国が支えられてきたもの
支えるために尽くしてきたことの大切さを「物語って」くれています。
映画という形で
この国で静かに続いてきたことを
物語のように語られていること
学生時代に
私にはとてつもなく面白くワクワクするのだけれど
周囲の友達にはわかってもらえない
説明もしきれないし
わかってもらえなくても仕方がない
そう思っていたこと
内容や時代が全く同じというわけではありませんが
ただ面白いということでなく
古臭いことでもなく
この国の大切なもの、意識して欲しいこととして
紹介してくださっていて
それが
とてもとてもうれしかったです。
中でも印象的だったのは
北野武さん
量子といった科学的なものと
宗教的な(非科学的な)ものが合わさってきている
そんな趣旨のことを話されていました。
この映画は2014年に完成したのだそうです。
同じ頃、また私には理解しきれていませんでしたが
同様のことを教えてくださる方々が周囲に増えた時期です。
とはいえ
理解もしきれないし
科学と非科学が…なんて話を口にして良いものかわからない
ただ合点が行き始めていた時期でした
今では比較的一般的になってきていますが
その頃にもう
最前線で活躍しているような方々が
科学と非科学の間には隔たりとは逆のものがあると
意識して受け入れ発言されていたと思うと
とてもうれしくなりました。
もう1つうれしかったことは
「音」の話でした
伊勢神宮の森がなぜあんなに心地が良いのか。
その秘密の一つが
音と認識していない音、周波数、波動というものにあるのだとか
とても重要だと紹介されていてうれしかったです
私にとって
音楽はもちろん、声も会話もニュースも
外から聞こえる音もテレビやパソコンをつけている時に微かに感じる電波のような音まで
すべて音です
雅楽や太鼓、和楽器も
様々な感情が乗る声や言葉も
すべて音
とてもとても重要な環境要素です
最近私が人に話す「環境」の話といえば
自然環境問題ではなく「自分の身を置く環境」の話です
その中でも
どんな言葉を受け続けているか
どんな音を聞いているか
心地の良いものか
居心地が悪くてもここに居るしかないと思い込んでいないか
私自身、音に関しての環境は繰り返し確かめ選び直してきたことですが
音は目に見えないもの
受動的なものだけに
意識して聞く、聞かない、近づく、離れるを選ばないと
無意識に受けとってしまう影響が大きいと感じていました。
繊細な音を扱う人とのご縁もあり
過敏に感じている人がいると知る機会もあり
私自身、体調のサインとして聞きたくない音があったり、
逆にうるさい音を止められなくなる時期があったりします
神宮の森でなんだかわからないけれど素晴らしいと受け取ったものに
視覚の美しさや空気の清らかさの他に
自然と聞こえてくる、そして聞こえていると意識させない音がある
そうハッキリと言ってもらえることは
自分自身の感覚に自信が持てます
伊勢神宮び何度も足を運ぶのはもちろん望ましいことですが
暮らす環境に積極的に音の調整を取り入れられたらと思います。
最初に言ったように
映画を見てすぐレベルアップした!なんてことはなかったのですが
ただ何か
山や里や自然に人が循環する仕組みがあったらいいのに、とは思いました。
遊びでというよりも
自主的に行きたい人が行くのではなく
生活の一部として向かう仕組みが。
人の呼吸と木々の光合成で
酸素と二酸化炭素が循環するように
人の流れが循環して
人の健康や意欲意識も上がり
山や里の環境整備も進むような
人と自然の循環が当たり前になる仕組み。
もうしている人もいるのかもしれませんね。
私の実家は元々木工職人の家で
途中から花屋になりました。
子供の頃は家が五右衛門風呂で
薪を用意し、火をくべてお湯を沸かす生活でした
材木置場に父と一緒に行って
木材を眺めたり触ったり
山を持っている人に許可をもらって入り
枝ものや蔓性の植物をわけていただいたり
途中で大きなカマキリを捕まえたり(笑)
山の手入れを手伝うということはありませんでしたが
山や里や自然の景色に触れることが
今に比べて多く
植物や動物昆虫が主役の環境
言葉はなく光と風の音が中心の環境に
怖さと尊さを感じる時間があったように思います
今できることは何かわからないけれど
すでに触れてきたことを思い出し
意識することから
道ができていくような気がしました。
危機感で動くというよりは
これまでも関心があったことを
繋げたり伝えたり
そこから先に繋がったり
以前はわかってもらえなくても仕方がないと思っていたことも
もう一度引っ張り出して。
機会があったらぜひ
「うみやまあいだ」ご覧になってください
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