私が自分で自分を認めた方法(キャリア編) | 光の雫

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ASD特性と毒親育ちの背景を持つアラフィフです。
過去の痛みも大切な学びとして受けとめながら、本当の自分を探す旅を綴っています。

パソコンのデスクトップの整理をしていたら(発達障害ゆえにデスクトップはいつもゴチャゴチャである)、今年の5月に書いたブログの下書き記事が、なぜかWordに残っているのを見つけました。

せっかくなので今日の記事にしちゃおうと思います。

 

 

 

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2025年5月XX日

 

 

明日、ハローワークの発達障害サポーターさんに相談に行くのですが、履歴書と職務経歴書を添削してもらうために見直しをしようと思いました。

それで久しぶりにファイルを開いてみたら、なんと履歴書作成日が2024年5月13日!

そう、私が部長に面接で初めて出会った5月14日の前日。

 

 

まだ部長のことを思い出すとちょっぴり心が痛むけれど、前に進んでいくには乗り越えなければならない壁だと自分を奮い立たせ、頑張って書き足したり、直したりしていました。

マジで私、転職回数多いな…なんて思いながら。

 

 

すると突然、



「私を認めてくれる人はいない」



というとてつもない不安に襲われました。

 

 

それで気づいたんです。

この「私を認めてくれる人はいない」という、幼い頃からの根深い不安が、部長への執着の正体だったんだと。

離婚して独りぼっちになって、仕事もなかなか決まらずに寂しい思いをしていた時に、私を認めて優しく受け入れてくれた部長から離れてしまったら、私はもう生きていけないというくらい思い詰めていたのだと。

 

 

そして、

 

 

あれは「恋愛感情」という形を借りた、

 

 

 

親に愛されたいという根源的な願い

 

 

 

だったんだと。

 

 

 

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(5月の下書きはここまで、以下は今日書き足した文章です)

 

 

 

でも私はもう、自分のキャリアや頑張りを、自分自身で認められるようになりました。

 

 

それは、履歴書を手直しするために、一年前に派遣会社から部長に送られたキャリアシートを改めて見返した時でした。

 

 

その派遣会社のスキルシートは、不要な職歴を省き、経験年数と職歴のみを新しい順に羅列していく方式。

なので、私の黒歴史である、


🏥医療事務

👉️院長婦人のモラハラ&パワハラに耐えかねて3ヶ月の試用期間で退職、いま思えば母にそっくりな人だった…たぶん強烈な積極奇異型ASD)


🍳保育園での調理(&盛り付け&配膳&片付け&掃除&洗濯)

👉️小さな子供たちはとても可愛かったし、人間関係にも恵まれていたけれど、マルチタスクが苦手なASDの私には地獄以外の何物でもなかった…が、その頃はまだ自分がASDだなどとはつゆも思わず…


などは載っていません。

 


 

それで、今までに経験してきた事務職の経歴を眺めていたら、

 

 


💎そういえば私、派遣で行ったほとんどの会社で正社員にならないかって誘われたな…


💎この会社で10年正社員として働いたから、同じ業界の部長の会社にも縁ができたんだな…。


💎部長はきっと、私の英語力とキャリアを認めて「ぜひ来てほしいです」って言ってくれたんだな…。

 


 

…まともに就職もせず、派遣やパートを転々としてきた私はダメだってずっと思ってきたけど、実は私、めちゃくちゃ頑張ってきたじゃん!!!

 

 


って気づけたのです。

 

 


もうあの頃とは英語力もブランクも、そして年齢も違うから、求職活動も若い頃のようにスムーズにはいかないだろう。

でも、自分に発達特性があることに気づいて、それを真正面から受け入れて、その上で「私はこんなに頑張ってきたんだ」って自分で自分を認められるようになった今、時間はかかっても、私にぴったりな会社がきっと見つかる。

 

 


と、思っています。

 

 

 

これも、昨日の記事に書いた「対象の内在化」の一部ですね😊

 

 

 

 

 

 あー、沖縄行きたい
(「あー、しば漬け食べたい」のノリで)