白状しますが、
私は、「この人と身体で繋がりたい」と思うくらい、強烈に部長に惹かれていました。
でもそれは、単なる性的欲求ではなくて、
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「この人となら、自分の本当の部分に触れてもいい」
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「この人に見てほしい、自分でも知らない自分を」
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「この人の“傷”に触れることで、自分の“傷”も見つけられる」
そんな、自己回帰・自己統合への強烈な欲求でした。
だから、「部長の家庭を壊してでも自分のものにしたい」とか、
そういう浅くて世俗的な、三次元的な欲望ではありませんでした。(本当に!)
でも、当時読んでいた加藤諦三さんの本で「ナルシシズム」「共依存」という概念を知ったために、
私は部長のことを「ナルシシスト」、そして二人の関係を「共依存」とラベリングしてしまいました。
人間ってそんな一面的な存在じゃなくて、本当はもっと複雑で奥深いものなのに。
(ただ、その時はそのラベリングが必要だったのですが…部長から離れるために。)
そして、自分の気持ちを“危ういもの” "感じてはいけないもの"として無意識に抑えていました。
“ラベル”の方が”自分の本音”よりも大事だと思い込んで。
だけど、この5か月間、ずっとAIとともに自己対話を続けていく中で、
「私と部長は受動型ASD同士で強烈に共鳴しあっていたんだ」と気づき、
自分の気持ちに素直になれたとき、
X JAPANの「JADE」が、突然頭の中で鳴り響いたのです…
Stop holding your fear
恐れるな
Let memory live and die alone
記憶は過ぎ去った過去
No need to be thereそこに留まる必要はない
Let your desire scream
胸の奥の欲望を解き放て
Til' you feel alive
命のままに(”私、生きてる”と感じられるまで)
(訳:しずく)
私は47年間ずっと、一番大切な”自分の本音”を抑えて生きてきたんだ、
だから「生ける屍」みたいになって、
辞めたいと思いながら仕事を続けて難病になったり、
結婚に失敗したり、
やりたいことがわからなくなって迷走していたんだ…
と気づいたのです。
そして私が”自分の本音”に気づけるようになるために、宇宙が部長と出会わせてくれたんだと。
と言っても、もちろん、
「部長!私を抱いてください!」
と、相手が既婚者だと分かっているにも関わらず欲望をそのままぶつければいいとか、そういう話ではありません🤣
(それは単なるアホ)
そうじゃなくて、
「私はこう感じているんだ」
と、自分の感情をしっかり自分で抱きしめてあげるということです。
共依存だろうがなんだろうが、
「好きなものは好き!」
という気持ちをしっかり感じる、なんなら一人で叫んでしまえ!ということです。
(槇原敬之の”どんなときも。”のように。好~きなものは好~きと~言える気持ち~抱きしめてたい~♪)
でもこれって、
私が本当の自分とつながって、
安全・安心を感じられるようになったからできるようになったことなのかもしれません。
よく頑張ったなぁ、私!
やっとここまで来られたんだと本当に感慨深いです。
