私が感情を感じることができなかったワケ | 光の雫

光の雫

ASD特性と毒親育ちの背景を持つアラフィフです。
過去の痛みも大切な学びとして受けとめながら、本当の自分を探す旅を綴っています。

いつまでも部長や前の職場のことを振り返って、「スターシードの使命が~」「ASD同士の共鳴が~」なんて言っていても仕方がないので、目の前にある現実の問題にも一つずつ対処していこうと、いろいろ動き始めています。

(吉濱さんも、スターシードという概念を発達障害という枠にはめることで現実が生きやすくなるとおっしゃっていたし。)

 

 

 

それで先日、

 

 

親から愛されなくて寂しかったとか、

 

虐待されて怖かった、悲しかったとか、

 

 

頭では分かるんだけれど、涙が出てくることってほとんどなくて、私って全然感情を感じられてないよな…とふと思いまして。

 

 

 

これはやっぱり、身体的虐待によるトラウマが思った以上に根深いのではなかろうか?と思い、きちんと体系立った心理カウンセリングを受けようと思い立ちました。

 

 

それで見つけたカウンセリングを昨日から受けているのですが、カウンセラーさんのブログを読んで初めて知った「解離性障害」という言葉に「これだ!!!」と全てのパズルがはまったような感覚を覚えたのです。

(↓のリンクはカウンセラーさんのブログではありません)

 

 

 

解離性障害の「解離」とは、本来一つにまとまり繋がっている意識や記憶、知覚、アイデンティティ(自我同一性)が、一時的に失われた状態のことを言います。

この状態になっている時は、意識や記憶、思考、感情、知覚、行動、身体イメージが分断されて体験されるのです。

 

(中略)

 

特に幼少期に虐待を受けていた人は、解離性障害になりやすいでしょう。虐待者が親や養育者であった場合、重症度は高まります。

虐待を受けていた幼少期、子どもは生きていく上で経験する様々な意識、知覚、記憶、感情などを隔離し、自分の殻に引きこもることで、虐待を回避する術を身につけるものです。その過程で、別の人格が形成されることもあります。

 

 

母にぶたれて鼻血を出した時のこと、そして父が私の鼻血にまみれた顔を見て何も言わずに部屋を出て行った時のこと、記憶としては鮮明に残っているのですが、その時の感情というものが全く感じられないのですよね。

こうやって文字にしてみると、相当酷い環境で育ってきたなと他人事のように思うのですが。

「お母さんにぶたれて怖かったなぁ、お父さんが助けてくれなくて悲しかったなぁ」(棒読み)って感じなのですタラー

 

別の人格が形成されるところまではいかなかったけれど、私はそういう辛い状況に日常的に置かれていて、でも「辛い」「怖い」「悲しい」と感じることさえ許されず、感情を切り離すことでなんとか生き延びてきたのだと思います。

 

 

カウンセリングは昨日初めて受けたので、まだこれといった変化は感じられませんが、まずカウンセリング後に身体がとても温かくなったこと、そしてオンラインだったにも関わらず、カウンセラーさんが「身体の側面がすごく緊張しているように見受けられるので、ホットタオルで温めるなどして対処してくださいね」と仰られたのにはびっくりしました。

ブログを読むと、カウンセラーさん自身も私と同じような体験をされ、別の人格が形成されるところまで行ってしまったようで(解離性同一性障害というらしいです)、かつ自閉症であることを公表されています。

そんなわけで共通点がとても多いし、「カウンセラーとクライアント」という境界線をしっかり引いてくれて、押しつけがましくなく、でもとても優しく寄り添ってくださって、我ながらいいカウンセラーさんを見つけたなと思っています。

 

 

カウンセリングの経過は、引き続きブログに綴っていこうと思います。

 

 

 

 

再来週またこの景色に会える♡