22歳のわたしへ
卒業おめでとう。
すごく充実したラストスパート。
22歳の誕生日を迎えた頃、
サークルで
「ともちゃんおめでとう」
とサプライズプレゼントがあった。
両面いっぱいの寄せ書き、
誕生日絵本など
手作り感いっぱいの贈り物だった。
「大学生活4年間、
寄せ書き、いっぱい作ってきたやろ?
でももらうの初めてかな」
そう言って
渡してもらったとき
泣いたね。
あなたは4年間、いっぱい寄せ書きつくったね。
作って、渡して
びっくりしながら見てくれる顔をみるのが
すきだったんだよね。
でももらったことはなかった。
寄せ書きのなかにはいろんな人がいた。
後輩、仲間、
生協の職員さんの名前も
教授たちの名前もあった。
「留年した一年もともみがいてくれて楽しめたよ」
この先輩は先輩のともだち。
あなたが頼りだったんだよ。
「うれしいこともたのしいことも
そうでないことも、ともみちゃんみたいに
自分の力に変えていったらいいんだね」
と生協の職員さんからの言葉もあった。
1年生の男子
「先輩がいなかったら、俺、学校やめてた。でももう大丈夫」
そして、最後の最後に
後輩からもらった寄せ書きは
色紙ではなく、
アルバムだった。
この中には
学長からわたしへのあなただけに向けたのメッセージもあった。
「大地も揺るがすパワーでがんばってください」
卒業式で謝辞を述べているとき、
地震がきたね。。。数秒で揺れは止まった。
どうしていいかわからなくて、読み続けただけなんだけど、
「動揺することなく、冷静でいられたあなたはすごい」って言われたっけ。
ひとつひとつの言葉に目を通すわたしをみる
みんなの
「ドヤ顔」がうれしかった。
卒業式のあとの謝恩会では
退職される学長の卒業式も企画した。
びっくりする学長と先生方の表情がおもしろかった。
謝恩会で使うわりばしの
箸袋は一つずつ折り紙で折った。
裏側には1枚ずつメッセージをしのばせた。
「こんなことしたら、おもしろくない??」
そう、思ったことは全部やったね。
最後、
すべてがおわったとき
涙したあなたの顔は
とてもすてきだったし、
どの写真もキラキラしていたよ。。
小さな単科大学だったけれど
大学の中で
あなたのことを知らない人はいないほどだった。
それほど
パワーがあったんだよ。
たくさんの人を巻き込んでつくられたられた贈り物が
あなたのもとに届けられた。
あなたから「手作り」のよさを
知ったみんなが
手作りであなたをよろこばせてくれたんだ。
気づいていたかな??
あの充実感は
あなたを生き生きさせていた。
その原動力はなんだったのか?
きっと、きっとね・・・。
「わたしはこう思う」ということを
語っていたからだと思うよ。
自分の思いを人に伝える。
考えや気づきを仲間と交換しあった。
夢や理想も
躊躇なく話した時間が
あったよね。
そして、夢や理想が
かたちになっていくことを実感した時間だった。
もうすぐはじまる大阪での生活。
家を離れること・・・
すべてが希望でしかなかった。
「できない理由をならべてあきらめるのではなく、
できる方法を考え、見つけ出していけば、可能性は大きく広がる」
「自分の限界を決めてしまうのではなく、どんな時も前に進む方法を考えて歩んできたい」
謝辞の中で残した。
これが大学生活で得た1番の思いだったね。
いつもいつも
走り、挑戦し続けてきたあなただから、言える言葉だったー
死にたい、
自分なんて生きている価値がないと泣いたあの日々からの変化。
よくがんばったよ。
いい仲間に出会えた。
それはすべて
自分で作ってきたものだ。
自信を持ってー
そして、あなたの残してくれた言葉や軌跡が
時を超えて
今のわたしに大きなパワーを与えてくれている。
ありがとう。
あなたは
とても力のある人ですー
そう言われても
どこが?どうして?
そんなことないよって
思っていたんだけど、
22歳のあなたの残してくれた軌跡をみると
厳しくみても「すげーな!」って思う。
16年後の自分にも力を与えることのできる
22歳のあなたのパワー。
見せてくれてありがとう。
卒業式に読んだ謝辞。
入学も卒業も代表だった。
学長


