21歳のわたしへ | 5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子と、“ツレウツ”な夫と、わたし。
心の揺れ、葛藤、理想、よろこび――日常にあふれる、言葉にならない思いたちを、まるごとメモしています。
整ってないけど、うそはない。生まれたての気持ちを、そのままここに置いています。

21歳のわたしへ

 

看護学部では実習がある。

3年生の後半は実習三昧。

このとき、

あなたは何を感じ、何を思っていたんだろう?

出会った患者さんとの交流の中で

何を感じていたんだろう?

 

 

病む人に対してどういう風に関わるのか?

どんな問題があり、

解決に向けてどうアプローチしていくのか?という実践。

 

大抵の実習は難なくクリア。

ただ、

精神科と小児科の看護っていうものが

感覚的によくわからないまま終わった。

 

 

「問題」を見つけ、そこにどうアプローチするのか?

というお題に対して、

問題がわからなかったんだね。

 

目の前にいる人は確かに疾患を抱えている人で

だから入院していたんだけど、

 

あなたには

目の前の人の

何が問題なのかっていうのが

わからなかった。

 

問題を挙げられなくて

困った。

 

どう見ればいいのか

わからなかった。

 

捉え方がわからなくて

挫折感と無力感を味わったよね。

苦手意識もできた。

 

「こどもは苦手」

「精神を病んだ人は苦手」

 

そう思うしかなかった。

 

なぜ問題が見つけられなかったんだろう?

何がわからなかったんだろう?

 

あなたは

「わたしが関わってなにかできることはない」と

感じたのかな。

 

それとも

「問題」を作り出すことに違和感を感じたのかな。

 

おそらく、後者じゃないかなと思う。

 



病んでいても、


その人が現在、困っていなければ問題じゃないって


あなたは思ったんだろう。

 

「問題」は

問題とするから、問題になる。


無理やり、問題を作り出すという考え方に納得できなかったんだろうね。

 

 

その感覚、

わたしはすきだよ。

 




のちに

あなたは精神科にも小児科にも勤務せずとも

関わることになる、

精神を病む人と病をもつこどもの家族としてー。

 

 

21歳のあなたが「わたしには無理」と

自分から遠ざけたことを

リトライする状況がめぐってくる。

 

けれども

21歳のあなたと違い、

のちのあなたは

「問題」ばかりに目を向けるようになり、

「なんとかしなければ」と格闘するんだ。




でもね、

21歳のあなたが未来のあなたに

教えてくれるおかげで

気付けるのだ。



「問題にするから問題になる」

と。

 

それとうまく付き合っていけば、

問題にはならない。

 

そして、

精神を病む人やこどもにとって

「医療」以上に大切なものがあると気づく。

 



投薬ももちろん大切だけれど、

それ以上に効果のあるものが

あるのだと気づくよ。

 


それはたったたった一度、目の前に現れた人間がすることじゃない。

むしろ、

看護学生のような人が

目の前に現れること自体が

あまりいいことではないのかもしれない。

 


継続的に関われるのならまだしも…。




21歳のあなたもそう感じていたのかもしれないね。

 



言語化できなかったし、

先生たちに違和感を伝えることもできなかったけれど、



あなたはできなかったんじゃないー

 



あなたが感じていたことは

とても

とても

すてきな感覚だと

 

わたしは思うよ。


 

むしろ

「落第」でよかった。