16歳のわたしへ | 5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子と、“ツレウツ”な夫と、わたし。
心の揺れ、葛藤、理想、よろこび――日常にあふれる、言葉にならない思いたちを、まるごとメモしています。
整ってないけど、うそはない。生まれたての気持ちを、そのままここに置いています。

16歳のわたしへ

 

高校1年の冬、

勉強していた深夜、テレビをつけると

「春高バレー」の県予選決勝が放送されていた。

画面の中には

知った名前がいくつもあった。

 

夢中でボールを追いかける…というような表現だけでは説明できない感覚。

 

釘付けになった。

 

 

「わたし、大事なことわすれている」と思った。

 

ある夜、

偶然つけたテレビ。

偶然みた、放送。

その中にいた、友達。

 

わたし、何やってるんだろう。

 

こんなに一生懸命に夢中で一つの目標に向かう姿…って

なんて素敵なんだろう。

 

画面の中にいるキラキラしている姿と

今の自分と照らし合わせた時

 

わたしは一体何をやっているんだろう?と

このままじゃいやだって思った。

 

「勉強なんて、やってる場合じゃない」

 

その突き動かされるような感覚、

それは

 

きっと

「未来のために今を犠牲にする。」って

ことがバカバカしく感じたってことなんだろうね。

 

この時、身を置いていた環境は

「おもしろくない」と

はっきりわかってしまったんだね。

 

 

そして、

イレギュラーではあったけれど

姉妹校のバレーボール部の門を叩いた。

 

でも、あまり入り込めなかった。

 

姉妹校の男子バレー部の先生に

「そこにいても萎えるだけだろ。

うちでマネージャーしないか」と

声をかけてもらって

 

マネージャーだけど

一部練習に参加する形で男子バレー部に加わった。

 

どこまでも

イレギュラーに向かってすすんできたんだね。

 

 

中高一貫校の進学校への編入、

さらに姉妹校の部活で

男子ばかりの中で

マネージャーなのに練習にも参加・・・。

 

部活内でも

イレギュラーなわたしをどう扱っていいのかわからない部員と

 

自分がどうあればいいのか、

何を求められているのか、

どうしたら、受け入れられるのか

いつも正解を探していたわたしが

 

距離を縮めることはなく・・・

 

なんとなく入り込めない感覚がずっとあったね。

 

学校でも

体が疲れていて

1年前のように勉強が進まない。

もうどうでもいいや・・・

「勉強なんてしなくていい」と

思えないのに、口ではそう言って、

自分はどうしたらいいのか?

 

まったくわからない状態だった。

 

心と行動や言動が一致していなかった。

 

どこにいても

何をしていても

宙ぶらりんのような感覚。

 

「これでいいんだ」と強がっていたけれど

内心は

とても

孤独だった。

 

部活なんてしなければよかったと思う反面、

あのままの勉強だけの生活が

続いていたと

想像するだけで息苦しくなる。

 

この学校を選ばなければよかったのだろうか。

 

中学の時

わたしより勉強ができなかった子たちは

自分に合った学校に行き、

とてもたのしそうにみえた。

 

 

 

勉強、できないほうが

よかったんじゃないか。

中途半端に賢いって苦しい。

 

もともと賢いわけじゃないのに進学校に行き、

背伸びする生活・・・

 

たった3年なんだから、

明るい未来のためにがんばるって決めたはずなのに

 

3年もがんばれないって思い、

離脱した自分は

脱落者。

なんでがんばれなかったんだろう?という不甲斐なさもあれば、

 

がんばって、偏差値の高い学校に進んだとして

どうなるわけ?

と思う気持ち。

 

葛藤が常にあった。

 

あなたは

いい学校にすすむことがしあわせの条件じゃないって

 

このとき、

気づいていたんだと思う。

 

ただ、

いい学校にすすむことはその先の豊かな生活につながる

っていう世間の考えがこたえだと思っているだろうし、

 

信じて疑わないと思う。

 

そして、

世間にどう見られるのか?ということが

自分の価値とイコールだと思っているあなたにとって

 

「いい学校に進むことがしあわせに直結するわけじゃない」

という考えが

 

 

自分の中に芽生えていることは

認識されなかったんだろう。

 

魂レベルでの気づきと

世間の考えと

自分の思考が

 

解離しているから

苦しいのだ。

 

本音は

「どうしていいかわからない」

なのに、

だれにも言えないんだよ、

弱音も本心も。

 

ひとりでずっと抱えていた思い。

 

がんばったね、本当に。

苦しかったね、

孤独だったね。

 

どこにも居場所がないような感覚は

苦い思い出であり、

ここでもうまくいかなかったという

失敗として

今後も引きずっていくことになる。

 

それは仕方のないこと。

 

 

ただひとつ、

今のわたしから

あなたに言えることは

 

「あなたは気づいていたんだよ」

 

ということ。

 

大切なことに気づくセンサーと

感覚は

このときも

失っていなかった。

 

そのセンサー、感覚が

あったから

キツかった。孤独だった。

 

 

あなたは

自分の思い、感覚を消さなかった。

 

それは今のわたしにつながっている。

 

この感覚を潰さずにいてくれてありがとう。

 

20年後のわたしが

その感覚を「ある」ものとして

大切にそだて

 

大きくして、

さらに

実現していくから。

 

魂の声をキャッチしてくれて

ありがとう。