私の生い立ちシリーズ 小中学校編 | コンフォートゾーンをつきぬけろ!日本からワクワク未知の世界へ飛び出そう!

コンフォートゾーンをつきぬけろ!日本からワクワク未知の世界へ飛び出そう!

常識の枠を超えて、オンリーワンの自分の道は自分でつくる!人間力と心を磨いて、日本の心とグローバルマインド、大きなハートで世界と仲良くなろう!

みなさまこんにちは。

 

一昨日から開始した生い立ちシリーズ、

本日は小中学校編です。

 

今日の話はどよ~んと暗いです。

 

正直なところ、優しくしてくれた子も

いたけど、

小学校や中学校の集団生活には

いまひとつなじめず、

あまり心から仲良しの友達は

できませんでした。

 

今考えると、「素直でかわいい」とは真反対の

「ちょっと風変りで割とテストの点数はいい、

けど、負けず嫌いで、いじけるとすぐに泣く」

扱いにくい子供だったからなんだろうと

思います。

 

 

自分の経験で、周囲の言葉や態度から、

子供が自分自身で

本来の自分ではない色を付けてしまうことも

あるよ、

ということを知ってもらいたいと思うので

書きます。

 

 

私の名前は絹子(虚弱だったので、

絹のように丈夫でしなやかに育つように

とつけたそうです)なのですが、

 

小学校の時は、よく「きなこ」、

「どくきのこ」、

「キムコ(冷蔵庫の脱臭剤)」とか

名前で五段階活用されてからかわれ、

 

オランウータンに似ているといわれ、

「ウータン」というあだ名も

つけられていました。

 

なので、自分の名前が大嫌いで

すぐに泣く自分自身も嫌で、

クラスで2人1組とかになると、

たいてい最後に余って1人になるタイプ。

 

何の因果か、小学校の時に日本でも

カンボジア難民がニュースで話題になり、

一時期は「カンボジア難民」という

あだ名もありました。

 

その20年後ぐらいにほんとに

こうやってカンボジアで働くことになったのも

何かのご縁でしょうかねぇ~照れ

 

 

もう40年ぐらい前の話ですが、

クラスである小さな出来事があり、

私が本当のことを言っているのに、

人気者で学級委員をやっている子の

ウソを信じて、クラスの大半の子が

私を嘘つき呼ばわりして非難した、

ということがありました。

 

これが深いトラウマになり、20代のころまで、

夢で繰り返し

私が真実を言っても誰も信じてくれない

状況が出てきて

 

その度に悔しくて悲しくて大泣きしていました

(さすがに今はもう解消されましたが)。

 

なので、

どうせ自分なんて

誰からもわかってもらえない、と

あきらめてしまい、小学生でもその場しのぎの

浅い人付き合いしかしませんでした。

 

中学に入っても状況はそれほど変わらず、

変なあだ名はなかったけど

最後の1人で残ってしまう状況は

相変わらずでした。

 

そりゃそうですよ、

だって自己肯定感が低くて

暗い雰囲気の子供でしたから。

やっぱりそういう子供は

いじめのターゲットに

なりやすいんじゃないでしょうか?

 

今のような陰湿ないじめではないけど、

やっぱり自分の後ろで

聞えよがしに悪口言われたり、

ヒソヒソ指さされたり、

露骨に仲間外れにされるのは

気分悪いでしょ?

 

自分をどんなふうに変えたらいいのかも

わからず、相談できる人もなく、

時には無理に周囲に合わせるために

はしゃいだりしたけど

心から嬉しかったり楽しかったりしたことは

全く記憶に残っていません。

 

そんなときの私の逃げ道は、

本を読んで空想の世界につかること、

エレクトーンをひいたり、

音楽を聴いたりすることに集中すること、

自分でストーリーを考えて、

物語を書いたり、

4コマ漫画を描くことでした。

 

 

学校はあまり行きたくなかったけど、

もし自分が死んだら、

今自分にいじわるしてる子たちが

きっと喜ぶだけ、両親を悲しませるだけ、

と思って重たい気持ちを抱えて

通学していたことが多かったです

(今思えば、登校拒否にもならずに

結構自分メンタル強いじゃん!

と一人ツッコミてへぺろ)。

 

一つ救いだったのは、

私の家がちゃんと避難場所として

機能していたこと。

私の母は、しつけには厳しかったけど、

勉強しろ、とかうるさいことを言わず、

子供を信頼して見守ってくれていました。

だから尚更自殺なんてできないと思いました。

 

何となく行き場のない現実逃避で

学校の勉強の方に集中したら

勉強が結構面白くなり、

しかも簡単にテストの点数が取れるので、

中2からはいつも定期試験で

学年3位以内に入るようになりました。

それからはあまり露骨ないじわるは

なくなったように記憶しています。

 

いじめっ子たちからすると、

私に対して色々言い分はあるかもしれないし、

本人たちは私がそんなダメージを

受けていたとは

思っていなかったかもしれません。

今となってはわかりませんし、

想像もできません。

 

私はただ自分の経験から、

心が傷ついている子供の気持ちが

少しはわかってあげられるんじゃないかなぁと

思っています。

 

小学校も中学校も

友達との楽しい想い出はあまり思い出せず、

とにかく早く卒業したい、

ここから抜け出したい、と

思っていたのは覚えています。

 

今日はだいぶ重い話でしたが、

高校では一転して

かなり吹っ切れて楽しくぶっちゃけてますので

乞うご期待爆  笑

 

ここまで読んでくださった方、

長文にお付き合いいただき

ありがとうございます。

 

ということで続きはまた明日!