私の生い立ちシリーズ 幼少期編 | コンフォートゾーンをつきぬけろ!日本からワクワク未知の世界へ飛び出そう!

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みなさまこんにちは。

 

昨日予告した、生い立ちシリーズ

書いてみたいと思います。

 

私は生まれも育ちも福島の海側、

高校を卒業するまで県内で暮らしました。

今も実家は福島県相馬市にあり、

両親も南相馬市と相馬市出身で、

どちらの親戚もこの近辺に集中している

超ドメスティックな家系です。

 

ちなみに↑のように、相馬野馬追という

1000年続く伝統のお祭りが

毎年7月末に行われています。

 

もとい、

私は平凡なサラリーマン家庭に第一子として

生まれましたが、出生時は体重が2500gで、

弱っちかったようで、

みんなからこの子は本当に育つんだろうか?と

心配されたそうです。

 

小さいころはよく転んでばかりいて

(なので膝小僧は傷だらけ)、

祖母が筋肉が萎縮する病気か何か

なんじゃないかと心配したとか

(注意散漫でおっちょこちょいなだけガーン)。

 

確かにしょっちゅう熱出したり、

ちょっとしたことで吐いたりして、

よく診療所にお世話になり

子供用シロップ薬の味が

大好きな子供でした(でも入院はなし)。

 

 

ものごころがついたころは、

近所に同じぐらいの年の子供が

いなかったので、

もっぱら絵本を読んだり、お絵かきしたり、

庭先でブランコに乗ったり、

色んな空想をしたり、

一人遊びをするのが好きでした。

 

その後県内で引っ越して

幼稚園から小学校まで住んでいた社宅は、

庭が広くてイチジクの木があったので、

そこからカミキリムシや

クワガタを捕まえたり、

 

両親が植木や花が好きなせいもあって、

母が作ってくれたクマのぬいぐるみたちと

庭でままごとをしたり、

父が庭に作ってくれた鉄棒やブランコや

砂場で遊んでいました。

 

そういえばそのせいか、

小学校の時は鉄棒得意な方でした。

 

5歳半の時に歳の離れた弟が産まれ、

生きた人形のように

かわいがっていたのを覚えています。

 

ちょうどリカちゃん人形世代でしたが、

なぜか全然魅力を感じず、

動物のぬいぐるみの方が断然好きでした。

 

幼稚園の時は、当時同級生の中では

一番幼稚園に近い子だったので、

幼稚園が終わった後も一人で遊びに行って、

そこに住んでいた園長先生の

犬のシロが大好きで、

犬によく遊んでもらっていました。

 

このころは体もすっかり丈夫になり、

外で遊んでばかりだったので

幼稚園の集合写真は

一人真っ黒に日焼けした顔で写っています。

 

幼稚園や小学校の頃は

近所の田んぼの用水路でザリガニ捕まえたり、

原っぱに生えてるシロツメグサで

花の冠を作ったり、

 

近所のお兄ちゃんやお姉ちゃんたちと

秘密基地ごっこをしたり、

バッタやイナゴ取ったり、

ちょうちょやトンボ捕まえたり、

今思えば結構いろいろやってましたね~。

 

今もですが、自然や動物が大好き、

自然や動物が友達だったんですね。

 

それと音楽。ピアノが習いたかったのに

なぜか当時出始めたばかりのエレクトーンを

5歳ぐらいから習い始め、

 

小学生の時は簡単な曲を耳で覚えて、

よく楽譜なしで弾いたりしていました。

意外と絶対音感あったりして~口笛

 

では今日はこれぐらいで~爆  笑

 

ここまで読んでくださった方、

長文にお付き合いいただき

ありがとうございます。

 

ではまた明日!