子どもって、その時どきで精一杯のチャレンジを
したくなるものです。
う~ん、ちょっと無理と違う?
と、大人から見て難しそうだなと思うものでも
「できる!」と言ってトライします。
そして一生懸命、何とかしようとしている姿に
ついつい私は手助けをしそうになります。
でも、勝手に手助けをすることによって
目標はクリアはできた。
しかし、お子にとっては不完全燃焼。
手助けした私は目標をクリアできて満足。
・・・結局、私が悦に入ってるだけ。
せっかくの機会を大人が奪ってしまった
ことになります。
それは、やる気を奪うことになる。
なので、お子が助けを求めない限り
右手を左手で抑えつつ
見守ることにしています。
ある日のこっちゃん。
暑いのに、リュックから長袖カーディガンを
出してきて、着ようとしています。
片袖を通し、もう一方を背中側からひっぱって
袖を通す。
背中側からもう一方を引っ張ってくるのが
なかなか難しい。
でも、助けを求めないので見守っていると
上手につかんで着ることができました。
そしてボタンをはめようとしています。
穴にボタンを入れて、入ったボタンを
もう一方の手で引き出す。
真剣なまなざし。
初めてトライしているを見ました。
途中で引き出しそこなったり
見ての通り、段違いになっていたりします。
でも、一人で2つのボタンをはめて
彼はカーディガンを着用完了。
「着れた!」
満足そうな顔!
段違いですが、私は指摘せずに
そのままでいてもらいました。
やり直すと、あんなに一生懸命に自分でしたことを
否定したことになりそうだと思いました。
一方、指摘して、もう一度自分でやり直させるべきかも
知れないとも思いました。
しかし、今回は一人で最初から最後まで
カーディガンを着たという喜びを最優先したいな
とも思ったのです。
こっちゃんも暑いだろうに脱ぎもせず
そのままごはんを食べて意気揚々と帰りました。
今回はこれで良しと思いました。
またの機会、ボタンは同じ段にはめることを伝えよう。
なーんもあせることはないね。
「大人はいそがしい。
だから、子どものチャレンジになかなか付き合うヒマも
ない。」
「もどかしくて見てられない。
私がしたほうが早い。」
我が子を育てている時の私はこうでした。
若かったし、仕事もしていたし、気持ちに余裕もなし。
娘よ、機会を奪ってごめんなさい。
だから毎回子どもにつきあえとは言いません。
ただ、頭の片隅に置いておいても邪魔になりません。
「大人が機会を奪ってはいけない」

