今日のテーマは、
ここ最近の私のテーマでもあり
我が家の食卓でのテーマでもあります。

ブログでもちらりと書いたかもしれませんが
今年は今までのお仕事(自主開催の講座等)は
少しお休みさせてもらって、
今までの受講生のフォローアップ的な講座や
単発の講座のご依頼等はお受けするのですが
私自身のこれからのお仕事の方向性を
今一度、考えて(というより、私の場合は直観で)
舵取りを変えました。
リピーターさんには年に数回の
お便りに書いたのですが、
ある「アルバイト」を私、始めました(笑)
あ、自主講座(連続講座)を休もうと思ったときは
まだアルバイトをすることは考えていませんでした。
ただ、今年、いつものように講座をたくさんやっている自分は
イメージとして浮かんでこなかったので、休む時なのかな?と
その直観に従っただけです。
そうしたら、アルバイトの話が具体的になりはじめたのが
昨年末のこと。なにかを手放すと次がくるのは本当。
潜在的にやりたいことは決まっていたのでしょう。
ただ、私が意識化していなかっただけ。
といっても労働時間的には週に2~3回の数時間で
正直、金銭的なことが目的ではありません。
(でも労働すればお金は結果としていただけますから
そこも含めて、いろいろ学ぼうと思っています)
これはそうと決めてからはある意図があっての行動なのですが、
一番は実は昔から「ちょっとやってみたい」
「そこで働いてみたい」という
好奇心から・・・が一番の動機です。
いい歳した大人が・・・という風にみられがちな
ちょっともうすぐ50歳になるおばさんが選んだというと
話をした人には100パーセントびっくり驚かれますが(笑)
雇うほうもよく雇ってくださったと思います。
(ほぼ、10~30代の職場です)
なので、そこでのご縁をいただく面接は
ちょっと感動的な体験でさえありました。
現在、ぼちぼちとそちらに研修生として(笑)
お世話になりはじめていて
毎日がと~っても新鮮です(笑)
新しいこと、新しい環境、新しい仲間
貴重な時間をかけて、教えていただくこと
しかも研修してて、お金がいただけるなんて!感動!(笑)
ある意味、そのこと自体が驚きともいえる、いや、でもこれを
時間に対する対価ととるのか、
はたまた会社側にしてみると
これから貢献してもらう期待行動に対する投資でもありますね。
ある意味、いい大人になったからこそ
いろんな視点が自分のなかから出てきて
ちょっと頭がめまぐるしいこともあるのですが
なかなか、、、いやかなり面白いです![]()
そして
人は何故働くのだろう?
という根源的な問いもまたそこで
考えることができます。
人が生きていくうえで当たり前でしょと言わればそれまでですが
実際、疑問に思うことってないですか?
素朴な問い、です。
生活費のためだったら、
ではもし暮らすに困らないお金があれば
人は働かないのか?といえばそういう人もいるかもですが
NOと答える人もまた多いでしょう。
働く意義って
いまはとても広義だとおもうのです。
そもそも、私も今年、少し舵取りをかえたのも
今までたくさんの主に「女性」、特に「お母さんたち」と出会ってきて
子育てやら、自分自身のことを相談されたり
一緒に考えたりしてきて
その範疇はそこだけにとどまらなくなってきて
これからの高齢化社会も含めて
「働く」ということがあたりまえの世の中になって
働きながら子育て、働きながら介護、働きながら~
というのも必須の世の中になってきて
お仕事の相談、お仕事と通して
またはそこを外しては語れない部分も
最近は増えてきたなあというのが
率直な感想です。
なので、私も「仕事」「労働」「働くということ」
これは人間にとっての壮大なテーマなんだなあと
感じています。もちろん自分自身も含めてね。
私はその「働くということ」
さらには「働く人そのもの」を
サポートしていく人でありたい。
そのためには、体験して体感したいものがある。
働くとは「はた(傍)をらく(楽)にすることだ」
とは、祖母がよく言っていた言葉で、
それをきいた若かりし頃はピンとこなかったのですが
いま、これまでだったら出逢わなかった
いろんな世代とお仕事を通して
出逢って、それぞれの「仕事観」をかいまみるに
それぞれの違いを知れて、とても興味深いと同時に
年配者の祖母が言っていた言葉の意味が
よくよくなるほどな~と納得すること然りなのです。
そしてそれをまた家に帰ってきて
同世代の夫と、異世代の(笑)高校生の息子と
そんな話していたら、息子が
「ちょうど今、現国の授業でやっているのがそういうことだよ」と
若い世代とベテラン世代の仕事観の違いの話になりました。
年代間の違いというより、移り変わり、
考え方、捉え方って年齢や経験を重ねるに変化
していくのでしょうね。
自分を振り返ってもそうですもの。
そして
へえ~教科書にそんなのがあるんだ!と
子供の教科書なんて、小学校1年生以来
みていなかった私には、これまた新鮮で
高校1年生の国語の教科書を貸してもらい、ななめ読み(笑)
おもしろいですね、教科書って。
こんなこと、習うのね~って遠い自分の高校生時代には
きっと感じ得なかった(内容もかわっているでしょうが)
諸々の感動を覚えました。
近い将来、なにかしらの職業を得て「働く」高校生たちも
本当は日常的にこうやって働くことの意義を
学ぶ機会はあふれているんですね。
ちょうど食卓での会話もいろんな意味で弾みました。
(その教科書ののっていた文章を書かれた方の
似たような内容のものがネットにも
でていました→こちら 興味深い論点です。
ご興味ある方は♪)
その中にもあるように
働くということは「贈与すること」という捉え方に
私はいたく共感して、
そうだ、自分の生ある時間を
誰かになにかにプレゼントできる喜びを
味わいたくて、もしかしたら、人って(特にそこそこ働いてきた人は)
働くということを
しているのかもしれないと
(若い年代は自分に対してのお金が欲しいという欲求のほうが強いという
世代によって求めるものが違うというのも、通ってきた道だからよくわかる)
今年にはいってからの新しい刺激の風を感じながら
日々、楽しく観察している私でもあるのです。
AIロボットや機械化が叫ばれて久しいですが
働くということに関しても
これから「人の労働力」「人の働き方」が
さまざまな観点から問われる時代がくるんじゃないかと思います。
生身の感情、感覚をもつ人
私はそれが大好きです。
だから
「働く人」をサポートする。
働いている人の悩みや喜びをわかちあえる。
背中を押したり、自分で考える機会をともにする。
そんな場を創りだしている。
そんな役割を近い将来
もっと具体的にしている自分がみえます。
そのためには
その軸にそって、「今を生きていこう」と思っています。
皆さんの軸はなんですか?
もし働いていらしたら、
なんのために働いていますか。
お金?ステイタス?自己実現?社会貢献?
いろいろあるでしょう。
もしお金のためだったら、
そのお金はどうしますか?
自己成長のためだったらどんな成長をしますか?
社会貢献から自分はなにを学びますか?
いろんな理由があって、
またさらにその理由には問いかけができます。
「仕事」とはまさに「ある事がら」に「仕える」と書きますが
その視点からも
「自分の軸」もみえてくると思います。