ブラックセージは心地よい。
私たちがかつて暮らしていた土地の風を思い出す。
ブラックセージは、私たちにとって当たり前のものであった。
神聖なブラックセージを用いて、私たちは感謝を捧げていたのだ。
神聖なブラックセージの煙で空間を満たすこと、それは感謝を満たすことだ。
そして、ブラックセージを使うということ、それはブラックセージの力を最大限に生かすことでもある。
ブラックセージの使命を全うさせるということだ。
ある者が力を最大限に発揮すること、使命を全うすること
それが、ある者には感謝として伝わる。
エネルギーとは、そのように循環するものなのだ。
ホワイトセージのエネルギーも素晴らしい。
ブラックセージが男性のような力強さだとすれば、ホワイトセージは女性のしなやかさを持っている。
ブラックセージは力強さ故にクセもある。
そのため、今では使える者は限定されるだろう。
手に入ったとしても、心地よさを感じなかったり、うまく使えない場合があるだろう。
その点、ホワイトセージは穏やかだ。
そのエネルギーは、いかなる者でも簡単に扱うことができる。
穏やかだからエネルギーが強くないというわけではない。
人間には男女差や性格があるように、セージにもそれぞれ違う性質があるのだ。
植物は、その土地のエネルギーを吸収し、調和をもたらしながら成長する。
それはセージであっても同じだ。
その土地のエネルギーによって、パワーに優劣があるのではない。見た目が同じでも発するエネルギーが異なってくるのだ。
そのエネルギーの違いをうまく使い分けることができればそれでいい。
自分が心地よいエネルギーを感じるものを選択すればいい。
セージを燃やす時、おまえが存在する場所への感謝を忘れないこと。
セージの精霊たちに、母なる大地に、おまえと共に在る存在たちに感謝を忘れないこと。
常におまえを見守る父なる空への感謝を忘れないこと。
おまえは、自分の力で生きているのではない。
おまえには生きる意味があるから、ここに存在しているのだ。
それを忘れてはいけない。
自分の人生は自分で作るのではない。
日々与えられた役目を絶えず続けることが結果として人生になるのだ。
おまえが、セージの使命を全うさせるために、燃やすこと。
場を浄化することは、その場所に感謝を捧げるということ。
ある者が能力を発揮すること、使命を全うすることが、ある者には感謝として伝わる。
おまえ自身が、その循環の中にあることに気づかなければならない。
おまえが使命を全うすることは、必ず誰かに感謝という形で伝わる。
逆に、おまえに伝わる感謝は、誰かが能力を発揮したり使命を全うした結果だろう。
私たちは、そうした循環の中にあることを忘れてはいけない。
ブラックセージの強いエネルギーは、正しい循環の中へと導いてくれるだろう。
感謝の煙は絶やしてはいけない。
これを読んで、感動して目頭が熱くなったなみか母さんです
ブラックセージは初めて見たときに
なんじゃこりゃ?! 枯れたヨモギみたいだな…ホワイトセージの古漬けみたいな感じ…![]()
と思ったのですが、焚いてみて
その素晴らしいパワーに圧倒されました![]()
自然と共に生きたネイティブインディアン達の知恵は素晴らしいです
自然のものを熟知してだのだなぁ…
そして
いつもお世話になっている



