こんにちは。
先日、久しぶりに気持ちが落ちました…
なおです

(まぁ、そんな日もあるよねー。…ダヨネー

でも、回復したのー!mamaマス同期の、みんなのおかげー
)
)----------
あと約1週間後に迫った、簿記の試験。
職業訓練では、最後の追い込みで、ちょっとピリピリモード。
(何故か、先生が一番ピリピリしてるの…
)
)そんな、午後の自習時間。
別の訓練生に説明している先生に向かって、
「センセー!わかりません!」
と、言った私。
すると、暫くして返ってきた先生の言葉は、
「聞こえていますけど、無視してます」…
ショックだった。
悲しかった。
グッサーーーーーッ(>_<) っと刺さった。
ハァ!?(#゚Д゚) ってイラッとした。
色んな気持ちが混ざりあって、モヤモヤして、何も言えなかった。
思わず、泣きそうになった。
(最近、涙腺が弱いのよね…
)
)だけど、泣かなかった。
泣きたい気持ちをこらえて、必死にその気持ちの背景を探ってみた。
どうしてそんなに刺さったのか。
どうしてそんなにモヤモヤしたのか。
…見つけたのは、
「お父さんが怖い、話を聞いてくれない」の古傷。
先生に「無視しています」って言われて、
しかも、「怖い」顔で言われて、
話を聞いてくれない怖いお父さんを思い出したんだと思う。
そう、古傷が疼いたのだ。
先生の言葉を受けて、「ヒドイよねー」と笑い飛ばそうとする訓練生もいたけど、私は笑えなかった。
思わず私は、みんなの前で、先生に向かって、
「先生、私、傷つきました。言い方が怖かったです。無視するのは仕方ないかもしれませんが、もう少し優しく言ってください。」
って言った。
言いながら、泣きそうになった。
「先生、私、傷つきました。言い方が怖かったです。無視するのは仕方ないかもしれませんが、もう少し優しく言ってください。」
って言った。
言いながら、泣きそうになった。
怖かった。
「先生」と言う、私の中で「自分より上の存在」に、自分の「本音」を伝えるのは、怖かった。
そんな、先生にお父さんを重ねていたのかもしれない。
話を聞いてくれない怖いお父さんに、自分の「本音」を伝えるなんて、したことなかったから、怖かった。
後で思い返してみれば、
先生は、個別に説明してた人に対して、一生懸命だったから、無視したんだと思う。
試験も近くてピリピリしてるから、顔も怖かったんだと思う。
それに、先生も訓練生達も大分慣れて、日頃から冗談とか言い合ってたから、そんなつもりで言ったのかもしれない。
だけど、先生が一生懸命でも、ピリピリしていても、どんな状況でも、
私は、「スミマセン、すこしお待ちください」とか、いつものように優しく言って欲しかった。
いつもと違う先生の様子が、私は怖かった。
素直だからか、思ったことが顔に出るタイプの私。
拗ね全開で、きっと顔もムッスーとしてたと思う( *`ω´)←コンナカンジネ
だけど、やっぱり笑えなかったし、先生の顔も見たくなかった。
周りは、笑いながら「ヒドイよねー」とか「拗ねてる拗ねてる〜」とか「子供みたいでカワイー」とか言って見てたけど、私の気持ちは、落ち着かなかった。
いつまでも拗ねてて、そんな自分がチョット恥ずかしい気持ちもあったけど、「拗ね」の方が強かったから、周りも気にならず、拗ねるだけ拗ねてた。
(一度拗ねたら、結構シツコイノヨ
)
)先生は、別の訓練生への説明が終わってから、私のとこに「スミマセンでした。で、どこがわからなかったですか?」って説明しに来てくれた。
拗ね全開の私は、「やっぱいいです」って受け取れなかったけど… 

今思えば、拗ね拗ねで、やっぱり子供みたいだったかな?と思うけど、
そんな私の気持ちを大事にして、素直に先生に気持ちを伝えられたことは、私にとって、自分の大きな変化を感じられる出来事だったのかもしれない。
それもきっと、
mamaマスのメーリスで、毎日のように素直な気持ちを言う練習をしているから言えたのかもしれない。
mamaマスのメーリスを通して、自分と向き合っているから、モヤモヤの奥にある「本音」に気づけたのかもしれない。
と、思う。
(同期の皆さま、その節は、お相手ありがとうございました…
)
)メーリスで大暴れしたのは、昼間の職業訓練のその場で昇華しきれなかった気持ちを昇華するため、と捉えていたのだけれど、
今思えば、職業訓練のその場で泣かずに抱えていた涙を出すためだったのかもしれない。
その場で泣きたくなったけど泣かなかったのは、
他の訓練生に遠慮したのかもしれないし、
やっぱり、泣くほどの本音を出すのが怖かったのかもしれない。
だけど、mamaマスのメーリスでは、
本音が言えるし、泣ける。
素直に、そのままの自分を出すことができる。
私にとってmamaマスのメーリスは、そんな、安心できる場所。
今回気づいたのは、
心の傷に気づいて、傷と向き合って、一旦は治ったように見えても、古傷として残っているのかもしれない、と言うこと。
そして、その古傷が時々疼いて、思い出し怖いになるのかもしれない、と言うこと。
だけど、一度傷と向き合うと、古傷が疼いても対処法がわかるから、浅くて済むし、すぐにラクに過ごせるようになる、と言うこと。
それを繰り返して、いけばいいんだな

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました

おわり
