こんにちは。
6月の簿記の試験に向けて、勉強頑張り中です。
なおです

(踏ん張り時です!
…でも、色んな記録も残しておきたいの。欲張りなの
)
…でも、色んな記録も残しておきたいの。欲張りなの
)----------
ちょっと時間が空いたけど、この記事の続き。
「私は話を聞いてもらえない人」の前提に気づいたら、白状する機会が訪れた話。
GWも忙しい夫は、ずっと仕事だった。
GWの連休最終日、「せっかくのGWだから、みんなで過ごそうかな」と夫が休みを取ってくれて、ようやく家族で出かけた時のこと。
出かけたのは、夫も私も、初めて行く場所。
そこに向かう車中で、友達から偶然聞いていたその場所についての情報を、私が「~なんだってー!
」とウキウキしながら話したら、
」とウキウキしながら話したら、「それはさぁ、~なんじゃないの?」と批判するように話し始めた夫。
そんな夫になんだかイライラした私は思わず、
「そんなの、友達がそう言ってただけだし、実際は私もわかんないよ!」
と、夫に張り合うような言葉を返してしまった。
直後に、せっかくの家族でのお出かけなのに、イライラしちゃったなぁ…と言う罪悪感が押し寄せた。
同時に、私が聞いてきた情報を否定されたような気持ちになり、そこから、私自身が否定されたような気持ちになってしまった。
(えぇ、いつもの被害妄想炸裂ですよ…
)
)…だけど、
「私は話を聞いてもらえない人」
思えば、小さい頃から、
私が話をしても、頭ごなしに「違うだろ!こうだろ!」とお父さんの意見を押し付けられて怒られるのが、とても怖かったし、
夏休みの宿題の読書感想文を書く時だって、勉強指導が熱心なばあちゃんがそばにいて、「どう思ったの?」と聞かれ、
私が「こうこうこうだと思った」と答えても、
「そうじゃなくて、こうでしょ!」と、ばあちゃんの感想を提示され、それを書いて感想文にしていた。
だから私は、
「どうせ、私の話は聞いてもらえないんだ」
「どうせ、私が話をしても否定されるんだ」
と、悲しくなり、
「私は話を聞いてもらえない人」と言う前提ができたような気がしていた。
だけどもう、そんな前提を変えたい気持ちもあった。
だから私は、私自身が否定されたような悲しい気持ちのまま、
「私はただ、話を聞いて欲しかったんだよー!
そうか、そうか、って聞いて欲しかったんだよー!
ただ、話を聞いてよー!
意見を返されると、話を聞いてもらえないように感じて悲しいよー!
話を聞いてもらえなくて、寂しいんだよー!」
と、夫に気持ちを伝えた。
伝えると同時に、涙がたくさん溢れてきた。
子供達が、心配そうな顔で私を見ていたけれど、それを気にする余裕もなく、「聞いてよー!悲しいよー!」と、ワンワン泣いた。
夫に重ねたお父さんに、小さい頃から抱えていた気持ちをぶつけているようにも感じられた。
夫はそんな私に、「何だか大変だなー」と言いながらも、私の気持ちに沿って、「そうか、そうかー」と話を聞いてくれた

目的地に着いた頃に、ちょうどひとしきり泣いてスッキリした私。
その後の家族の時間は、車中の出来事がウソのように、楽しい時間だった

それから2週間程経ったここ最近。
夫との関係性は、少し変わった気がしている。
これまでは、ケンカになると、いつも2人でイライラをぶつけ合って終わっていたのが、
イライラをぶつけ合っても、その後、冷静に話せるようになった。
冷静に話せるからか、夫の話も私の耳に入ってくるようになったし、
夫にも話を聞いてもらえるようになった気がする。
私の中の前提が、
「私は話を聞いてもらえない人」から、
「私は話を聞いてもらえる人」に、変わったような気がしている。
(まぁ、それはそれでいい気分だから、それでいいや
)
)だけど、これらを通して思うのは、
家族との間に起こるイライラしたり、モヤモヤしたりする出来事は、
自分が小さい頃に作り上げた、今の自分を苦しくさせている前提に気づかせてくれているということ。
そして、
今の自分が生きやすくなるように、家族が、その前提を変えるためのチャンスを与えてくれているのかもしれないということ。
だから、家族とのことでイライラしたり、モヤモヤしたりした時は、
その背景にある小さい頃の自分が作り上げた前提に気づき、
封じ込めてきた悲しい気持ちや寂しい気持ちを感じ切って昇華させ、
新しい前提に変えていけるチャンス。
家族のことが、イライラするんじゃない。
家族に対して、モヤモヤするんじゃない。
イライラしたり、モヤモヤしたりするのは、自分の中にある前提のせい。
イライラもモヤモヤも、家族のせいじゃない。
だって、家族のことは、大好きなんだもん





最後まで読んでいただいて、ありがとうございました

おわり![]()
