昨日の続きです。
今日は駐車場から天守までです。
本多重次が妻に送った、有名な手紙での町興しです。
内部はほぼ飲食・特産品売り場です。
ここの駐車場から天守まで歩きました。
日本一短い手紙の現地解説板です。
第24回目入賞者の一部を紹介したものです。
「この世は苦である」というお釈迦様の言葉を
思い出しました。
丸岡城(霞が城)は福井市の北にあります。(グーグルより引用)
付近を拡大すると
現地の案内板です。(下が北の地図です)
さらに拡大すると
現地の案内板です。(上が北の地図)
手紙の館からM1の丸岡城天守まで歩きます。
地図の東西南北は出来たら上を北に統一して欲しいです。
この館には移築門があります。
説明書きには「一門一戸医薬門」とあり、近隣(坂井町下兵庫)の
庄屋の門であったものを、有志により移築したとあります。
明治維新に城が競売されたとき、いくつかの門は払い下げられて
現存するそうですが、その門とは書いていませんでした。
右側の建物は丸岡図書館です。
丸岡図書館です。
この反対側には
反対側には丸岡城天守が見えます。
下絵図の右下から見たところです。
現在本丸・天守以外はありません。
この絵図でほぼ赤い線に沿って歩きました。
上の絵図と共通の、本丸と歴史民俗資料館の位置が目印になります。
現在の地図に江戸時代の地図を重ねた地図です。
暗い所でしたのでブレました。すいません
ふれあい広場越しに見た天守です。
一筆啓上茶屋前から見たふれあい広場と丸岡体育館です。
この反対側は
一筆啓上茶屋で売店です。
左端の建物が丸岡歴史民俗資料館です。
右側の階段を上ります。
この左側は江戸時代堀だった霞が城公園です。
江戸時代は内堀だった霞が城公園です。
石段を上ると折れ曲がり、さらに登ります。
階段手すりにある黄色いボードに
一筆啓上賞の作品が展示してあり
ます。
積み方から見て、本丸の石垣は明治時代以降のものですね。
上った所が本丸です。
この本丸広場は天守と反対側の、下のジオラマ①の
一段低い広場です。
江戸時代の想像絵図です。
下ジオラマの①の広場です。
①は一段低い本丸広場です。
天守方向には入城料金の木戸があります。おとな450円です。
右端の建物の辺りには仕切門がありましたが、現在はありませ
ん。
さらに上ると天守が見えます。
今日はここまでで、明日に続きます。
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