岩村城の紹介に行く前に、こぼれ話をあと3つほどUPします。
その前に昨日の望月様のさらなるこぼれ話もありました。
それは、信濃の故郷から帰らぬ御館様を探しに来た主従が、
一族の多くが戦死したこの地に留まり、百姓・商人として望月
一族の供養をし続けるためと、この地に住み着いたと伝わり
ます。勤勉さゆえに豪農となります。
江戸時代は豪商久保屋として栄えました。この久保屋が望月
を名乗りました。江戸時代はニセ系図氏達がお金持ち相手に、
ニセ系図などを盛んに作っていましたので、このことを事実と
して認められなかったようです。しかし、久保屋には絶対に開
けてはならぬと伝わる「つづら」がありました。第2次大戦後
このつづらが開けられました。その中には信濃国の望月家の
分家であることを、証明した古文書がいくつもあったのです。
豪商なのだから、望月峠の望月様の社を、もっと立派なもの
にして欲しかったですね。
今日は美しい姫の伝説です。
長篠の戦の時に、由緒ある武将の姫と伝えられる
塚が、JR飯田線の長篠城駅から東に300m程の
所にある、鈴木家の庭にあります。
グーグルより引用の地図です。赤丸辺りに「やすら姫」の塚があります。
やすら姫の塚です。
長篠の戦から100年以上過ぎた、ある日の夕暮れ
時に、この塚の近くの農家に、この辺りでは見ない
美しい娘が現れて、農家の主に「杵を貸して下され」
と乞いました。不審に思いながらも杵を貸すと、その
内どこかから餅をつく音が聞こえました。音が聞こえ
なくなってから、娘が杵を返しに来て、すーと闇に消
えました。翌日の夕方に、再びその娘が現れて「杵
を貸してくれと頼むのです。また杵を貸すと、餅つき
の音がして、その後で娘が杵を返しに来て、また闇
にすーと消えました。幾夜も同じことが続くので、さ
すがに主人も不審に思い、娘の後をつけていくと、
塚の近くで姿が消えて見失いました。次の日も同じ
でした。気味が悪くなった主は村人に相談してみま
した。
やすら姫とは関係のない、上村松園の美人幽霊画です。
その結果「やすら姫の塚が怪しい」ということになり、
塚を掘ったところ、中からは赤い瓶が出てきたので
す。蓋を取って中を覗き込むと白い骨が入っていま
した。と、その骨は白い蝶になって飛び去りました。
驚いた村人はさっそく、近くの法印様に拝んで貰
ったところ、「時々の祭を忘れずにしなさい。そうす
れば、この地(前野)に白水を流すでしょう」
とのお告げでした。「白水を流す」というのは、その
土地が栄えるという意味でした。なのでその後は、
塚を供養したと伝えられます。長い間、塚は道端
にありましたが、道路改修で移転する必要が出た
ため、今は鈴木さんが、塚を自分の屋敷の西に移
しました。塚が風化したため、祠も建てて祀ってい
ます。
今日はここまでです。明日もこぼれ話です。
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