今日は長篠の戦いこぼれ話の3回目で、「おとら狐」の昔話です。
この長篠城には昔から、鎮守のお稲荷様が祀られていました。
城の土塁にはキツネが住み着いていることを、城主も家臣も知
っていました。「あのキツネはお稲荷様のお使いである」として
脅したり追っ払ったリせずにそっとしておきました。
長篠城の本丸内堀と土塁です。土塁の上に稲荷社がありました。
1575年5月に、武田軍1万5千人に包囲された長篠城は激し
い攻撃にさらされました。これを本丸の土塁から見ていたのが
このキツネでした。鉄砲の流れ弾がキツネに命中して、左目を
失明してしまいました。このキツネはそれ以前にも、左足を痛
めてましたので、片目・片足の異形な姿になったのです。
おとら狐のイメージ画です。
5月21日未明の、別動隊だった酒井忠次軍3000人の
鳶が巣山攻撃により、長篠城は解放されて戦いは終わ
ります。荒れ果てた長篠城は廃城にして、城主奥平貞昌
は新城に移りました。このとき稲荷社も新城に移されま
した。もとの稲荷社は末社として、廃城の片隅に残され
ました。ところが、残された末社はだれも祀らなくなった
ために、キツネはそれを恨み、城の近くに住む万兵衛
の娘おとらにとりつき、長篠の戦を語ったり、周囲を荒ら
し回ったりと悪戯を重ねました。
昔話として知られているためか、ゲームでも「おとら狐」の名称が使用されていました。
ゲームで使われている「おとら狐」のおとらです。
困った村人達は医王寺の住職に頼んで、伏見稲荷を
勧進して迎え、おとら狐を封じ込むとともに「城薮稲荷」
として祀ることにしました。その後、この「城薮稲荷」は
”無くしたものを見つけてくれる”などと、村人の信仰を
集めて400年に渡り祀られてきました。
本丸土塁の上にある、現在は鳥居のみが残された「城薮稲荷」です。
長い間、古城の土塁の片隅に祀られてた「城薮稲荷」
でしたが、平成18年に長篠の戦に関わりのある大通
寺境内に移転され、長篠城址を見下ろす場に祀られ
ています。
大通寺山の中腹に大通寺があります。
移転後の大通寺にある「城薮稲荷」です。
今日ここまでです。明日はこぼれ話の最終回です。
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