大阪歴史博物館 船場と角の芝居 | みどりの木のブログ

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3日おきに更新しています。

昨日の続きです。

大阪歴史博物館の史料からその一部を引用しています。

 

今日は大阪歴史博物館9Fの 船場と角の芝居です。

 大坂城城下町として、堺や平野・伏見など周辺の町から商人

を強制的に移住させて発展します。

船場の1街区は40間(72m)四方の正方形で、街路は碁盤目

状です。

城下町なので大坂城から見て、東西方向の街路を通(とおり)

といい。計23本あります。当初の幅員は4・3間(約7.7m)に

設定されていました。一方、南北方向は大坂城から見ると横と

なり、南北方向の街路を筋(すじ)といいます。計13本あります。

当初は補助的な街路とされたために幅員は3.3間(約6m)と

通に対して狭く設定されていました。現在は御堂筋などこの筋

(南北方向)の方がメインストリートになっています。

 

船場の範囲が書かれています。西船場は船場が発展した後に、

商人自身が開発したところです。なので正確な碁盤の目になって

いません。

 

9Fに江戸時代の、船場の街並みが再現されています。

再現された船場のジオラマです。

 

再現された船場のジオラマです。

 

再現された船場のジオラマです。

 

三井呉服店の様子です。

 

江戸時代後期の名所図会による三井呉服店です。

 

別の博物館である住まいのミュージアムでは、等身大で当時の町が

再現されています。

 

 

次に、船場の南にあった角の芝居です。

長いので、もう一度大坂の地図

江戸時代の大坂の地図です。道頓堀辺りが繁華街となり、

娯楽の中心地でした。

 

 

 

道頓堀の賑わいです。

 

道頓堀の賑わいです。

 

角の芝居小屋辺りの賑わいをジオラマにしています。

角の芝居小屋が見えます。

 

角の芝居小屋です。

 

角の芝居小屋の内部が見えます。左側が入口木戸です。

 

角の芝居小屋の間取り構造図です。左側が入口木戸です。

 

歌舞伎以外にも人形浄瑠璃という人形劇が大人気でした。

TVやネットもない時代なので、当時はその代替として大きな

存在感がありました。

室町時代に発生した語り物で、牛若と浄瑠璃姫とのロマンス

を扱った《浄瑠璃物語》があり、これが好評を得たため、この

種の語り物を〈浄瑠璃〉と総称するようになります。

人形劇と音楽と語りが一体となった人形浄瑠璃が、淡路から

でてきた植村文楽軒の興行で、一時、歌舞伎より人気があり、

そのことで人形浄瑠璃を文楽と呼ぶようになりました。

 

 

 

舞台と稽古の様子です。

 

オウムのマイちゃんが猫のクウちゃんをカキカキする

動画をお借りしました。(1分57秒)

今日はここまでです。この続きは明日UPします。

 

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