6月26日と28日の2回にわたり楠木正成の
夫人久子が正成亡き後、四条畷の戦いで長男正行と弟の
正時が刺し違えて自決し、家族の多くを亡くします。
彼女が尼となって隠棲した楠妣庵を紹介しました。
今回その久子夫人の生誕地である「矢佐利」の場所の
紹介です。インターネットで調べても分らなかったので
すが、地元の方に聞いて初めて分りました。
この山は楠妣庵のある山の道路を挟んで、向かい側にあります。
山に上ると入口に、戦前に出来たこの記念の石碑があります。
あたりは平坦になっていて、2段の構えになっています。
以前下の平坦地にお寺があったそうですが、今は何もありません。
上段に上るとそこにも広い平坦地があり、戦前の昭和16年
の石碑がありました。大日本国防婦人会の製作とあります。
石碑にある李王妃殿下とは梨本宮家のご令嬢で朝鮮王家に
嫁いだ方と思います。
一番奥には戦前作られたと思われる、久子夫人を祭った場所
がありました。
あまり手入れがされて無いようで、一面草に覆われています。
この山城で久子夫人が生まれて育ったと言われています。




