他の姉兄たちは
年齢差があるので自宅を離れており
家族間で誰かと協力するということはなかった
みんな無関心が当たり前
なので夫の家族の仲の良さに
心底びっくりし
どうしていいのかわからなかった
自分対父、自分対母ならわかるが
団らんがわからないのである
そんなことを言っても
心情的に苦労してきたくらいで
実家にいる時は経済苦はなく
身体的に虐待があるわけでもない
それだけでも感謝だった
恐らく、自分の中で
お金のエネルギーを愛のエネルギーに
置き換えてバランスを取っていたのだろう
明治生まれの祖父は
跡取りの兄には手厚いが
姉と私にはいずれ外にくれるものだから
お金をかけないという価値観の中
多少融通してくれたのが父だったが
結婚してから
あまりにもお金がなくて
急に梯子を外された気分だった
とはいえ結婚に対して諸事情があり
泣きつくわけにもいかず
そこからは相当苦労しており
正月の実家での集まりで
他の姉兄たちとの
かけ離れた生活の質の違いを
自虐的に捉えてよく笑い飛ばした
ここでやっと本来の話に戻るが
父に対して
もう甘えられないなと思ったのは
こういう経緯が影響したのだろう
情けない
やはりその感情が出るが
父の親友に水面下で相談に行った後
母の施設に荷物を届けに向かう車中
父がどれだけまわりの人に
良い影響を及ぼし慕われていたのか
さっきの相談先で聞かされた真実が
一気に身に迫ってきた
ユーモラスで豪放磊落、情に厚い祖父は
私も似ている部分があり
父には似ずに覚醒遺伝かと思っていたが
そうではなかった
私はしっかり父親に似ていたのだ
父は家では跡取りとして
懸命に生きてきた
休日は祖父の足になったり
また、私を遊びに連れて行ってくれたり
自分の時間を犠牲にして
ずっと付き合ってくれていたのだった
最後の私が巣立った時
やっと自分の時間を手に入れて
自宅裏に人が集まれる理想の離れを建て
仲間と集まったり
旅行へ行ったり
父親、跡取り、様々な仮面を脱いで
友人の中では本来の優しく情に厚い
人に慕われる人間に戻っていた
父は頑固な偏屈者ではなかった
これは家庭に対する仮面だ
実際に兄嫁(5歳下なので義姉と呼び辛い)
には温情的な姿を見せている
父の視点を推し測れなかったのは
母だけではなかった
父の雰囲気のいい離れには
毎日気軽に近所の人や友人が訪れていた
その度にコーヒーを豆から挽いて
よく振る舞っていた
それは実は
行き場のないおじさん達だったと知った
引きこもるのも良くないからと
何方でもお気軽にと開放していたようだ
先ほどの親友から
皆が行き場をなくして
どんなに困っているか
父をどれ程心配しているかを
切に聞かされた
私には見えなかったけれど
私が長所と思える部分は
まさしく父親から引き継いだものだった
この父とこの母でなければ
今の私はありえなかった
私自身が、私という存在そのものが
何にも代え難い宝物じゃないか
父が私の父で良かった
生まれて初めてそう思えた
そう思えた時に
久しぶりに幻の次女が見せてくれた
感謝の泉が頭の天辺から吹き上がった
父と母は水と油
決して混ぜたらいけない2人だったが
2人の融合が私だった
自由奔放でとんでもない母と
常識や秩序の中で生きる父
私の両親は
この2人でなければならなかったのだ
そして、今までのすべてが
この家族全員に必要だった
辛かったけれど
それがあっての「今」だ
端から聞くと
意味もわからないだろうし
大したことない話だろう
けれど、私の中での大きな気付きだった
これは恐らく
今生での学びのひとつだったと思う
魂が震えた
そんな感覚を味わう出来事だった
頭の天辺から吹き上がった
感謝の泉で
幼い頃の辛く報われない想いが
きれいに浄化されていくのを感じ
小さな私はただ咽び泣いた
長い長い私の気付きの体験に
お付き合いいただき
大変ありがとうございました
読んでくださった皆さまに
心より感謝申し上げます

皆さまの感謝の泉も湧き上がりますように
幻の次女、感謝の泉はこれ↓↓

