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父はそんな家に嫌気がさしており
もう1つ家庭があった



恐らくそれは私が幼稚園の頃
何故なら
私の記憶の中に父がでてくるのが
小学校に上がってからだからだ



どうやら祖父母が手切れ金を渡して
別れさせられたようだが



学生時代のある時、
私がガソリンを入れに行くと
バイトしていた友だちが
「さっきお前の母ちゃんと弟が来たぜ」
という



母は車の免許を持っていないし
ましてや弟なんていない



我が家の家族カードで入れていたし
何より弟はお前そっくりだったから
あれがお前の母ちゃんだろ?と聞く友だち



さっそく家に帰って
母と祖母に伝えたところ
ひと悶着あったようだ



うさぎうさぎうさぎ



いつだったか
腹のうちを見せぬ父と
腹を割って話したことがある



そういうことをする(できる)子はいない
お前は不思議な子だと言われ
その時から父との垣根が取れた気がする



それは結婚してからのこと
歳が離れた末っ子は
いつまで経っても手のかかる
小さい子のイメージなのと相まって



バイト代わりに
当時の祖母の介護を丸ごと任され
賃金をもらう契約ができた



祖母が亡くなった後は母だ
厄介払いがしたかった父



私の義理の母は実母との同居を
烈火の如く怒ったが
義理の父が
「お母さんが行くとこなくて
かわいそうじゃないか」
と庇ってくれ、義母は
死に水は取ってもらうからねということで
うちが引き取ったという経緯だ



母は父からの視点が見えていない
本当に非道い男だと
恨みでその身を支えてきた



小5で母親を亡くしている母は
大変奔放な男3人の中で早くから
家事を任されていたようだ



故に同居する男性に対する恨みが強い
我が夫もご多分に漏れず
その対象にあずかる




母はよく倒れていたが
救急車を呼ばないとならない時も
誰も何もしてくれなくて
私がそこにいる大人の同意を得て呼ぶ
そういった理由で学校もよく休んだ



母が入院などで
長期間いなくなると
祖母が代わりに慣れない家事を
しなければならず



イビる嫁もいないため
その対象を一身に引き受けねばならなかった
私にだけ当たりが強いし
私の洗濯物だけ洗わないなどザラだ



ある時どうして私にだけ
意地悪するのか聞いてみたら
悪びれもなく
自分の頭がどこまでまわるか
試しているのよと
セブンスターをふかしながら
ニコニコ話した



自覚アリか……



そういう性格だから
実の兄妹からも疎まれて
老後も面白いほどに
誰も面倒を見たがらなかった



父の姉にまで
こういう(介護)のは
孫くらいの距離感がちょうどいいと言われ
介護は私の役目なんだなと悟った




ちなみに、父の姉には
散々母の悪口を
何故か私にだけ言われ
ひたすら謝るという
理不尽な状況であった