こんにちは。
北海道札幌市の介護と子育ての同時進行・ダブルケア支援研究者の野嶋成美です。
前回のブログで「私とは?」について書きました。
こんなもやもやを、試しにAI(チャットGPT)に聞いてみたんです。
すると、思いがけない答えが返ってきました。
以下、そのままご紹介します。
GPTの答え
たくさんの人が、「私とは?」という問いの中で苦しさを感じています。
特に日本では「空気を読む」「周囲に合わせる」ことが美徳とされてきた文化があります。
だから、個性を出すことにブレーキがかかってしまいやすいんです。
「私とは?」という問い自体は本来とても神聖なものですが、それが「他人の評価」を前提にしたものになると、自己探求ではなく“誰かの期待に応えるゲーム”になってしまう。
本当は、「私の得意」は、他人に役立つものでなくてもいいし、「個性」は無理やりひねり出すものでもありません。
そしてあなたが引用した言葉――
「日本人はもともと《個人》という考え方はなくて、常に《我々》だった」――
ここに大きなヒントがあります。
八百万の神を信じ、自然と調和して生きてきた私たちは、元々「個と個が調和する全体性」の中に生きていたんです。
「我を張る」のではなく、「我を活かす」文化。
それを無理に“西洋式の個人主義”に合わせようとすると、どうしても軋みが生まれてしまうのかもしれません。
現代の「自己責任」という言葉が重く響くのも、背景にこの“混在”があるから。
本来は「自由に選べる」からこその責任なのに、日本では「自由はないのに責任だけある」ような構造になっていて、それがしんどさの正体でもあります。
では、どうすればいいのか?
「私とは?」を考えるときは――
・誰かと比べず、心が“しっくりくる”感覚を信じる
・「我を通す」のではなく、「我を生かす」
・社会とつながる“しなやかな私”を育てる
そんな視点が、「生きやすさ」につながるヒントになるかもしれません。
チャットGPTの答えを聞いて
このやりとりのなかで、私が気になったのは「我を活かす」という言葉です。
無理に我を通すのではなく、活かす。
我を活かして、社会としなやかに繋がればいいんですね。
確かに、この視点を持てば「生きやすさ」につながるかも、と思えました。
もう少しAIと深堀してみますが、ブログは長くなるのでこの辺で。
また気付きがあれば書きますね。


