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15年の介護と子育てのダブルケアを経験した野嶋成美がダブルケアを楽にするヒント、孤独になりがちな毎日から解放されるヒントを、肩の力が抜ける遊び心を交え提案します。

 

こんにちは。

北海道札幌市の介護と子育ての同時進行・ダブルケア支援研究者の野嶋成美です。

 

 

 

前回のブログで「私とは?」について書きました。

 

 

 

こんなもやもやを、試しにAI(チャットGPT)に聞いてみたんです。
すると、思いがけない答えが返ってきました。

以下、そのままご紹介します。

 

 

 

 GPTの答え

 

 

たくさんの人が、「私とは?」という問いの中で苦しさを感じています。
特に日本では「空気を読む」「周囲に合わせる」ことが美徳とされてきた文化があります。

だから、個性を出すことにブレーキがかかってしまいやすいんです。

 

 

「私とは?」という問い自体は本来とても神聖なものですが、それが「他人の評価」を前提にしたものになると、自己探求ではなく“誰かの期待に応えるゲーム”になってしまう。
本当は、「私の得意」は、他人に役立つものでなくてもいいし、「個性」は無理やりひねり出すものでもありません。

 

 

そしてあなたが引用した言葉――
「日本人はもともと《個人》という考え方はなくて、常に《我々》だった」――
ここに大きなヒントがあります。

 

 

八百万の神を信じ、自然と調和して生きてきた私たちは、元々「個と個が調和する全体性」の中に生きていたんです。
「我を張る」のではなく、「我を活かす」文化。
それを無理に“西洋式の個人主義”に合わせようとすると、どうしても軋みが生まれてしまうのかもしれません。

 

 

現代の「自己責任」という言葉が重く響くのも、背景にこの“混在”があるから。
本来は「自由に選べる」からこその責任なのに、日本では「自由はないのに責任だけある」ような構造になっていて、それがしんどさの正体でもあります。

 

 

では、どうすればいいのか?
「私とは?」を考えるときは――

 

・誰かと比べず、心が“しっくりくる”感覚を信じる
・「我を通す」のではなく、「我を生かす」
・社会とつながる“しなやかな私”を育てる

 

そんな視点が、「生きやすさ」につながるヒントになるかもしれません。

 

 

 

 チャットGPTの答えを聞いて

 

このやりとりのなかで、私が気になったのは「我を活かす」という言葉です。

無理に我を通すのではなく、活かす。

我を活かして、社会としなやかに繋がればいいんですね。

 

 

確かに、この視点を持てば「生きやすさ」につながるかも、と思えました。

もう少しAIと深堀してみますが、ブログは長くなるのでこの辺で。

また気付きがあれば書きますね。