人前で泣けないのは受け取る人がいると思っていないからなのかも。 | ダブルケア・介護と子育てにがんばるあなたが気楽になれる場所

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15年の介護と子育てのダブルケアを経験した野嶋成美がダブルケアを楽にするヒント、孤独になりがちな毎日から解放されるヒントを、肩の力が抜ける遊び心を交え提案します。

 

こんにちは。

北海道札幌市の介護と子育ての同時進行・ダブルケアの専門家の「介護コンサルタント」野嶋成美です。

 

 

 

 

以前、何かの本で「悲しみを受け取る人がいてはじめて悲しむことができる」と書いてあったのを思い出しました。

読んだときには「そうかな?」と懐疑的でした。

今になって「そうなのかも」と思い始めています。

 

 

「悲しみの行為=泣く」と置き換えて、私が考えたのは。

 

 

私は家族や友人とテレビや映画を観ていて、悲しい場面でその人たちの前で素直に泣けません。

泣きそうになってもグッとこらえてしまいます。

それは人前で泣くことが恥ずかしいからだと思っていました。

 

 

恥ずかしいだけではなく「悲しみを受け取る人がいてはじめて悲しむことができる」ことだとすると、人前で泣くことができるためには、相手も自分自身も信頼していないとできないですよね。

泣いて相手から「笑われたりバカにされたり」すると素直に泣けないです。

 

 

私は信用していなかったんです、家族や友人を。

泣いている情けない姿をみせてはいけないと思っていたんです。

「受け取る人がいる」とは思えなかったんです。

 

 

周りの人を「受け取ってくれる人」と思えたら人前で素直に泣けるようになるのかな?

悲しいとき、人前で泣くのはまだできなさそうだけれども、グッとこらえるのはやめて、一緒にいる人を信用してみよう。

きっと一人で頑張っちゃいがちな私のくせを、少しづつ柔らかくしてくれるんじゃないかな。

 

 

そう思ったとき、肩の力が抜けたように気持ちが少し軽くなりました。

なので「そうなのかも」と思えるようになったんです。