こんにちは。
北海道札幌市の介護と子育ての同時進行・ダブルケアの専門家の「介護コンサルタント」野嶋成美です。
以前、何かの本で「悲しみを受け取る人がいてはじめて悲しむことができる」と書いてあったのを思い出しました。
読んだときには「そうかな?」と懐疑的でした。
今になって「そうなのかも」と思い始めています。
「悲しみの行為=泣く」と置き換えて、私が考えたのは。
私は家族や友人とテレビや映画を観ていて、悲しい場面でその人たちの前で素直に泣けません。
泣きそうになってもグッとこらえてしまいます。
それは人前で泣くことが恥ずかしいからだと思っていました。
恥ずかしいだけではなく「悲しみを受け取る人がいてはじめて悲しむことができる」ことだとすると、人前で泣くことができるためには、相手も自分自身も信頼していないとできないですよね。
泣いて相手から「笑われたりバカにされたり」すると素直に泣けないです。
私は信用していなかったんです、家族や友人を。
泣いている情けない姿をみせてはいけないと思っていたんです。
「受け取る人がいる」とは思えなかったんです。
周りの人を「受け取ってくれる人」と思えたら人前で素直に泣けるようになるのかな?
悲しいとき、人前で泣くのはまだできなさそうだけれども、グッとこらえるのはやめて、一緒にいる人を信用してみよう。
きっと一人で頑張っちゃいがちな私のくせを、少しづつ柔らかくしてくれるんじゃないかな。
そう思ったとき、肩の力が抜けたように気持ちが少し軽くなりました。
なので「そうなのかも」と思えるようになったんです。

