こんにちは。
北海道札幌市の介護と子育ての同時進行・ダブルケアの専門家の「介護コンサルタント」野嶋成美です。
昨日のブログの続きです。
お付き合い、ありがとうございます。
私のダブルケアの経験を「悲惨な経験」と言われたり、ダブルケアラー(ダブルケア当事者)が「辛いばかりではなく、いいこともあった」と言っていることに、少しだけ違和感を感じて「ん?」って思っていました。
その違和感が何なのか今日は考えてみます。
●悲惨な経験と言われての「ん?」
自分のダブルケアの経験を悲惨だと言われても、私の日常だったから、ぴんと来ないんです。
あの時の生活はあれが日常だった。
悲惨ではなく私の中では普通なんです。
それで悲惨と言われることに抵抗があったようです。
●「辛いだけではなく、いいこともある」と聞いての「ん?」
私はダブルケアの辛さを、ダブルケアを振り返って初めて感じました。
・ダブルケアを終えたばかりで、ダブルケアが辛いだけじゃなかったと自分に言い聞かせていたから。
・辛いだけなら、私も家族もかわいそうだと思ったから。
だから私は「辛いだけじゃなかった」と言っていたのかも。
今はそんな自分を思い出して、辛さをひっくるめてダブルケアの経験を受け入れられつつあります。(まだ進行形)
自分で言っていて無理があったから違和感があったんだと思います。
この二つの「ん?」は似ているようで違う「ん?」でした。
(*今回初めて違和感を考察したので、自分のことなのに他人事のようになっているのはご勘弁ください。)
この違和感、このままじゃあダメなんです。
私のようにダブルケアの辛さを日常にしてしまい、抱えきれずに体を壊したり、限界ギリギリで生活している人がいるのなら、そのような人をゼロにしたいのが私の願いです。
私のダブルケアの経験を「悲惨な体験だった」と受け入れなければなりません。
あれが日常だと言っていては、ダブルケアの問題がうやむやになってしまうからです。
ダブルケアラー(ダブルケア当事者)に「辛いけど楽しいこともある」なんて言わせたくないんです。
ダブルケアでも楽しい生活であってほしいからです。
このように今後も自分の中のちいさな違和感を見逃さず、向き合って活動を進めようと思います。
ダブルケアでも家族が笑顔でいられるために、一歩ずつ進んでいきます。

