こんにちは![]()
田中花です![]()
今日は、
人生モヤモヤ期シリーズの④です![]()
前回からの続きです♡
自分が感じていた不満や
辛かった気持ちを
ひとつひとつ
自問自答していくうちに、
私が自分に対して
厳しかった理由が
だんだんと
浮き彫りになってきました。
そもそも、自分で
就職することも、結婚することも
選んだはずなのに、
どうして、
我慢しなきゃいけない辛いものだと
私は思っていたんだろう?
どうして、当時の私は
「仕事のせいで」「元旦那のせいで」
みたいな言い方ばかり
していたんだろう?
湧き出てくる想いや
それに対する疑問を
つらつらとノートに書き出し、
気が付いたこと。
私が本当に怖かったのは、
就職して働き続けることより、
キレやすい元旦那より、
親になることへの不安より、
何よりも怖かったのは、
他人から
どう思われるか
でした。
(気づいた時は、衝撃だった・・!!)
私は、
他人の期待に応えられなくて
他人をがっかりさせてしまうことを
死ぬほど怖がっていました。
最低な人だと思われたら、
私の存在価値がなくなってしまう。
他人に迷惑をかけたら
生きる価値がない。
心の奥では、そう思っていて、
他人にどう思われるか、
嫌な思いをさせていないか、
がひたすら怖くて
いつもビクビクしていました。
そして、自分の価値は
他人が評価して決めるのが
当たり前だと思っていました。
(通知表みたいなイメージです。)
私の行動の動機は、
他人がどう思うかが基準になっていて、
自分の存在価値を失う恐怖から
行動していました。
そこには、
「私」がどこにもいませんでした。
自分の気持ちに寄り添ったり
自分が本当はどうしたいかを
聞いてあげることすら
していませんでした。
頑張らないと
私には価値がない!
と思っていたから、
目の前のことを楽しむ余裕なんてなく、
今の自分のままではダメ!
と、足りない部分を埋めるために頑張って、
何をしても満たされないまま、
胸にぽっかりと穴が開いたような
虚無感を感じていました。
そして、
私が恐れていた「他人」とは、
職場の人や世間のこと
だと思っていましたが、
なぜかふと、
自分の母親が思い浮かびました。
子どもの頃に、
頑張ったら母親からほめてもらえた経験から、
「こうすれば喜んでもらえるんだ!
じゃあ、もっと頑張ろう!」
と思ったのかもしれません。
子どもの頃の私が
欲しかったものは、
母親の 「笑顔」 と 「愛情」 でした。
ただ喜んでもらいたかったし、
ただ愛されたかった。
それが、いつの間にか、
頑張ったら、
愛される(=母が喜ぶ)
↓
頑張らないと
愛されない
(=存在価値がない)
↓
だから、頑張らなければ!!
と思うようになっていました。
(そんな頑張り方、辛すぎる・・・)
これができるようになった私なら、
愛されるはず!
これを達成したら、満たされて、
幸せになれるはず!
と、ずっと思っていました。
でも、なぜかいつも満たされず、
辛くて、苦しかった。
頑張るほど、
ますますうまくいかなくなりました。
そこで立ち止まって、
あれ?
何でこんなにうまくいかないんだろう?
頑張らないと、評価されないと
私って本当に価値がないのかな?
と疑い始めて、
本当は、
不足を埋めるために
頑張らなくても、
他人から評価されなくても、
何かができるようにならなくても、
いちいち愛情を確かめなくても、
他人次第で
そのままの私の価値が
変わることって、ないのでは??
と気づきました。
むしろ、他人次第で
自分の価値が変わってしまう方が
おかしくない?
何で他人に自分の価値を
決めさせてるの?
人の本質的な価値って、
外側次第で
減ったり、なくなったりするものなの?
と、自分のこれまでの考え方に
違和感を感じるようになりました。
(続く)
https://ameblo.mom/hana202007/entry-12622885850.html





