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私は、
 
 
難病で膠原病の全身性エリテマトーデスとその他いろいろの病を克服した難病克服ガールズNKGのまみりんです!元女子プロレスラーで現在は治療師をやってます。
 
 
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さて、先日お話しした通り私の夢を実現すべく私の半生記を書き綴っていこうかと思うのですが、と、その前に3年前から北海道の友達に借りっぱなしの本を返そうと思って手に取り何の気なしに開いたページの言葉を紹介します。

 

その本とは『超訳ニーチェの言葉Ⅱ』で、3年前の入院時に親友が北海道からわざわざ持ってきてくれた大事な本なのに、私ときたら全く読む気がしないなんてブログに書いてるし。

本当に失礼な奴です(笑)

 

3年前の失礼なブログはこちら

 

ニーチェ!?

 

 

決してニーチェが嫌いなわけではなくて、ただ3年前の入院の時は精神状態がいまいち悪くて哲学とか難しいことは考えられなかっただけです。

漫画などサクッと読めるものを読んでました。

ニーチェは退院してから有り難く読ませてもらいました。

 

 というわけで、

超訳ニーチェの言葉Ⅱより

 

人は変われる

 

いつのまにか自分自身を、形の決まった固い石のように思うのはよくない。

自分という個性がすでに出来上がっていて、あとは外側に多少の変化があるくらいだと思うならば本当にそうなってしまう。

 

どんな歳になろうとも、人間は限りなく変わることができる。まるで粘土のようにいくらでも望みの自分をつくっていくことができる。

 

自分自身が望むなら、そうなりたいという意志を持つのならば、自分はいかようにも変貌し、より高みに昇っていくことができるのだ。

 

 

 いかにもいかにも、と納得したところで…

 

 

第1話「幼少期の頃からプロレスラーを目指すまで」を書いてみたいと思います。

それ、いってみよう♪

 

 

キラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラキラ

 

 

「幼少期の頃からプロレスラーを目指すまで」

 

 

昭和44年、人類が初めてアポロ11号計画による月面着陸をしたと言われている年、横浜市に住むごく普通のサラリーマン家庭の2人姉妹の次女として生まれる。

幼少期はお人形遊びよりはウルトラマンや戦隊ヒーローものが好きで、スカートは嫌い。

髪は短くズボンばかりはいていたのでよく男の子と間違えられていました。

小学生の頃は元気が有り余っていてバスケットボールクラブに入ったり、夏休みになると小学校でやっていた水泳教室に通うなど、とにかくよく運動をしていました。

そして家では父と一緒に金曜の夜8時からテレビで放映していた新日本プロレスを観たり、その頃人気があった女子プロレスのビューティーペアをみてはよく父とプロレスごっこをして遊んでました。

母はプロレスが嫌いで、流血シーンを見ては顔をしかめていたのを覚えていますが、私はそんなことはおかまいなしにプロレス中継を夢中になって観ていました。

そんな私を見て父がよく「まみは将来は女子プロレスラーだな」などと冗談交じりに言っていましたが、まさかそれが現実になるとは当時は夢にも思っていなかったことでしょう。

 

中学に入ってからはクラッシュギャルズが火付け役となり女子プロレスが一大ブームとなりました。

すっかりその魅力にとりつかれた私は父の刷り込みがあったせいもあり、将来自分は女子プロレスラーになると信じて疑いませんでした。

おだてられて育ったせいなのか、持って生まれた性格なのか、子供の頃から何故か根拠もなく自信に溢れていました。

かと言って体はそんなに大きくもなく、至って普通の体格だったのでまずは体作りの為のトレーニングを始めました。

中学時代の部活動は剣道部でしたが、それとは別に早起きをしてランニング、腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットなどを毎日欠かさずにやっていました。

腰に巻いたウエストポーチにウォークマンを入れて、音楽を聞きながらランニングしてました。

特にロッキーのテーマ曲アイ・オブ・ザ・タイガーはランニング中に聞くと気持ちが盛り上がって最高でした。

他によく聞いていたのはジャガー横田さんの(マニアしか知らないと思いますが)「愛のジャガー」とクラッシュギャルズですね。

 

そして中学3年生になり進路を決める時期になったので親にプロレスラーになると宣言をすると大反対され、「まみは将来は女子プロレスラーだな」と言ってた父までもが大激怒したのです。

ちなみに私の父は大変穏やかな性格だったので、怒る父を見たのはこれが最初で最後というくらい珍しいことでした。

それでも女子プロレスラーになるという情熱は冷めるどころか燃え上がるばかりで、反対されればされるほど絶対に女子プロレスラーになるんだという決意が固まっていったのでした。

知らない人も多いと思いますが、当時は空前の女子プロレスブームで、オーディションの応募者が全国で2000人以上もいたのです。その中から書類選考で選ばれた数百人が

オーディションを受けたのですが私はあっさり落ちてしまいました。

親はさぞかしほっとしたことでしょうがこれで諦めたわけではなくて、高校へ行かずに働きながらプロレスラーを目指したいと思いそれを母に言うとまたまた大反対されました。

お願いだから高校だけには行ってちょうだいと…今思えば母も必死だったと思うのですが土下座をせんばかりに頼むので折れる形で高校へ進学しました。

 

そしてこれは先日中学3年の時のクラス会があり、担任だった武田先生から聞いた話ですが、オーディションに落ちた後、私は東京の高校を受験すると言っていたそうです。この話は自分でも忘れていたのですが武田先生に言われて思い出しました。

当時は目黒に女子プロレスの事務所と道場があり、女子プロレスラーを目指す女の子たちが練習生として通っていたのですが、私も練習生になりたくて目黒にある高校を受験したいと言ったのです。

ですがその企みも却下されて結局は剣道の強い高校へ進学することになりました。

高校の剣道部は稽古はもちろんのこと上下関係も大変厳しかったので肉体的にも精神的にもだいぶ鍛えられました。高校での経験があるからその後の試練や困難を乗り越えることができたのかもしれないと言っても過言ではないくらいです。

 

そういう経緯によりいったんはプロレス入りを逃したのですが、高校に通ってる3年間もずっとプロレスラーになりたいという夢を持ち続け、そして遂に高校3年の卒業間近のオーディションに合格したのです。

今になって思うと、大喜びの私と対照的にどれほど親は落胆したことか。

それを思うとちょっぴり胸が痛みます。

 

 というわけで中学時代からの夢が遂に叶い、親の制止を振り切って高校卒業と同時に女子プロレスの世界へと飛び込んでいったのでした。

 

 

続く。

 

 

 

 

 

定期的に横浜でおはなし会を開いてますので
どなたでもお気軽に参加してくださいね!
 

 

横浜おはなし会

・4月23日㈫   申込受付中!!
・6月21日㈮   しばらくお待ちください
・8月30日㈮   しばらくお待ちください。

 時間はいずれも13:30~15:30

場所/yカフェパーショ
   〒231-0023 横浜市中区山下町225番地横浜YWCA内1階奥
交通/JR根岸線「関内駅」南口より徒歩6分
横浜YWCAホームページ
参加費は500円、ワンドリンク制ですので別途300円をお支払いください。
定員は10名ですが、定員に達しなくても開催します。
難病克服ガールズからはあいりんとまみりんが参加します。
お申込みはこくちーす、又はメールフォームからお願いしますキラキラ
いずれかお好きな方1つからでお願いします。

こくちーず

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