入院中お見舞いに来てくれる友人や家族が私が暇だろうと思って持ってくる読み物のセレクトが私から見ればそれぞれの個性を匂わしてきていて面白い。
中でも一昨日、突如として北海道から現れた小学生以来の親友R子が持ってきた本は全く私が興味がないものだったので笑ってしまった。
たぶん本人のかなりの愛読書だということは擦り切れた表紙、何度もページを繰ったであろうと思われる紙のくたびれ度合いから察することが出来る。R子は大事な愛読書をわざわざ北海道から持ってきてくれたのだ。
そしてその愛読書とは…「ニーチェの言葉!」うん、全く読む気がしない(笑)もう一冊の「幸せはゆっくりゆっくりやってくる!」はまだ読めるけど、今ニーチェ読んでも全然入ってこないよ!ただこのニーチェの言葉という本をベッドの傍らに置いておくと、あら?この患者さん知的!という印象を看護士に与えるかもしれないが、知的な印象を看護士に与えて得られるものが今のところ浮かばない。窓際の認知症のおばあさんの方が手厚く面倒みてもらってるし。親子ほど年の離れた看護士から見ればニーチェ読んでるおばさん怖い、となるのでは?思えばR子とは30年以上の付き合いだけど、好きなもの、ファッション、趣味、特技、何一つ共通してないのだけど、R子は酒も飲まないし。R子が北海道へ嫁に行った後も必ず毎年会っている。趣味や読む本が合わなくても私の入院を聞いて驚き、擦り切れるほど読んだ愛読書を携えてすっ飛んできてくれるR子は小学生の頃のまま、もちろん私も同じ、あの時と同じ目線でお互いに友達を大切にしよう!というピュアな気持ちのままの付き合いが続いている。きっとこの本に救われたことがR子は何度かあるのだろう。持ってきてくれた本はトンチンカンだし言ってる事もたまに理解不能だけど、なのにR子が広げる世界観とか言葉にできない何かはいつでも私を勇気づける。
優しさなのかな?ちなみにR子はプロのダンサー(本人からアクターと書き換えろと指示ありました、アクターです。)を経て今は現役のエンターテイナーとして若い世代の指導もしている。どの部分で気が合ってるのかさっぱりわからないんだけど間違いなく私にとってはなくてはならない存在なのだ。


ニーチェ、もーほんとウケるー、ニッチェでいいのにー