ここにきて(この年齢にして)、この追い込みはなんなんだろうと思う。


結論から言えば、精神的、霊的、心の成長には人間であれば必ず肉体が伴うと言うこと。

高野山などの僧侶の修行や修験道を見てもわかるように修行というものは肉体を酷使することである。


頭の中で修行は出来ない。


己の匙加減で手を抜けるものなど修行のうちには入らない。

あくまでも受け身で逃れられないからこそ修行となるのである。


苦しいからやめる、は、単なる趣味か遊びです。


その点病気というものは辞めたくて辞められるものではないので修行です。


ただし終わりのない修行はありません。


逃げ出さなければ終わりはきます。


酷なようですが、それがたとえ健康ではなくても逃げなかったら祝福が待っていると私は思います。