どのような悪そうに見える人でも、低劣そのもののような人でもその本体は神界にあって、光り輝いているのでありますが、その分霊がこの現象世界の現身(うつしみ)となるまでに、神界の本体の光の道から想念波動がはずれてしまってきて、人間として必要な、各種の要素が不調和になってしまったのです。
その不調和な想念波動が、憎悪とか、闘争とか、妬みとか、恐怖とかいう、この世に不幸をもたらす運命をつくりだしてきたのであります。
この世の人々は、神のみ心そのものである生命を、想念で汚しきってしまっていて、生命本来の働きを邪魔してしまっているのです。
そこで聖賢は、空になれ、といって、肉体頭脳を駈け巡る想念を消滅させようとしているのです。(五井昌久著・高橋英雄編『日々の祈り』
感想・・・何も想わない、何も考えない、頭に何も浮かんで来ない、というのは、生きることを放棄した、怠惰になったこととは全く違うのです。
『世界平和の祈り』の中に自分の想念をすべて投入し切って、光の溶鉱炉の中で良い想いも悪い想いも、把われも消して頂いて改めて生まれ変わるのです。
そこで神智(神さまからのメッセージ・本心)の通りに行動する。
それがほんとうの「空」(くう)なのです。
頭の中、下丹田(腹脳)の中には、神さましかいらっしゃらないのです。
そのためには、頭の中を駆け巡る想念をどこかに収めなければならない。
その場所が、ほんとうの脳(神)があると言われる下丹田(かたんでん)、へそ下3.5センチです。
天からの宇宙神の縦のエネルギーと肉体界の横のエネルギーが交錯しているスポット(チャクラ)です。
アセンションを迎えた時の人間は、下丹田でテレパシーの対話ができるようになっています。
今、頭で考える、どうのこうのと想いを巡らせることから卒業する時期に来ています。
限界の時期に来ています!