ポスチャースタイリス ト古谷維久子です。
待ち合わせ場所で、生徒様と、久しぶりの生での再会に
心が癒されても、おなかも空きます。行軍前のランチはこちら。
京都のおばんざい的な和食の定食です。
おばんざいは、日本の味っていう感じがして、
懐かしいような、温かいような。
ほかにもエビフライがどど~んと乗った洋定食や
一品メニューもたくさんありました。
お店の方も、対応もよくて、
こちらの六角さんは、リピート決定です。
目とおなかが満たされたら、いよいよ行軍の作戦会議。
いえいえ、これからのルートや
なぜ明智光秀公がここを通ったといわれているのか?
6月13日直前の、
豊臣秀吉や徳川家康の行動は?思いは?施策は?
こんなにたくさんの資料や地図を用意して、
一つ一つ、論説してれた》》》ターキー
書物だけでなく、関係各所に足を運び、
人に会い、話を聞いての持論が、深すぎる。
それだけで気持ちが、どんどん上がってきます。
光秀公に仕えていた家臣たちも、きっと
こんなテンションで、行軍に参加していたのでしょう。
私たちは、文明の利器・京都市営地下鉄東西線に乗って
光秀公絶命の地と言われている、小栗栖(おぐりす)に向かいます。
駅から歩いていると、山科川に出会いました。
古く和歌にも読まれている山科川。
この川を、光秀公も渡ったのでしょう。
【ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。】
河の流れは止まることはありませんが、流れる水は元の水ではない。
時の流れは続いていますが、
生きている人はずっと同じではありません。
そんなことを考えながら、まず向かったのは、小栗栖八幡宮。
ここには、織田信長の家臣・飯田氏が構えていた
小栗栖城があったとされています。
ご祭神は、応神天皇・仲哀天皇・神功皇后
創建は平安時代864年とか。
手入れされていて、
地元のかたに大切にされている感が伝わります。
きっと438年前も、城下の人々に愛されていたのでしょう。
秀吉の家臣が城を構えている、この地を
なぜ、わざわざ光秀公は通ったのでしょうか???
現在の滋賀県大津市にあった、光秀の居城坂本城に向かうため。
と言われていますが、
それなら、他にもルートの選択肢はあったのでは?
もしかして、目指していたのは坂本城ではなかったのでは?
歴史ロマンが広がります。
小栗栖八幡宮に向かう階段です。
その先にある、お社に向かうことに意識が向いていて、
足元をまったく見ていませんでした。
言われてよくよく見ると、梵字などが刻まれています。
神社などの周りにある、石の玉垣 が使われているのです。
お金がなかったのか?権力の象徴か?
想像以上の案内が続きます。
その案内人のターキーが手に持っているのは、刀!!
と思いきや、これは傘の柄。この傘、特注なんだそう。
さすが、自称明智光秀公の生まれ変わりです(笑)
この時の雨は、霧雨のような五月雨が降っていました。
438年前も、この日のようなシトシとした雨が降っていたのだそう。
それを聞いて、
もう、気分は完全に、明智光秀公一行です。
次に向かったのは、光秀公が 近臣十数人とともに駆け抜け、
その地の農民に竹やりで刺されて命を落としたといわれている
『明智藪(あけちやぶ)』
『このあたりですよ。』という石碑はあります。
もう少し進むと、竹やぶっぽいところもありますが・・・
『ここ』という場所はわかりません。
その明智藪の案内板の前で、さまざまなロマンを巡らせます。
(刀を開いて、力説中のターキー)
● 本当に、光秀公はここを通った?
● 農民にさされた?
● 飯田氏が刺したのでは?
● 竹やりで?
● 鎧兜よりも竹やりは強い?
● 馬に乗っていた人を、藪の中から一突きで?
● 光秀公の馬は、歩いていた?
● 夜中のはずなのに、見えたの?
● 刺されたのではなく、密会があったのでは?
想像しかありません。答えも正解もありません。
これが、歴史の楽しいところ。
歴史って、想像力の教科なんですね。わくわくします。
6月13日、その日に、この場所に居る私たち。
気分はもう、光秀公近臣・藤田伝吾や溝尾庄兵衛 。
さらにロマンが広がります。
最後は、光秀公の胴塚へ。
ここでも、謎が謎を呼びます。
光秀公の首塚は、京都の東山にあります。
なのに、
胴塚は、命を落としたといわれている明智藪近くにあります。
(当日は雨のため、この写真は下見の時の物です)
しかも、光秀公の首級は、発見された後
胴体と繋ぎ合わせて、粟田口刑場に晒されたといわれています。
蹴上近くの粟田口刑場で、
わざわざ光秀公の首と胴をつないで見せしめにしたというのに
首級は、東山の首塚へ
胴体は、山科の胴塚へ、と分けた理由は???
様々な想像が想像を呼びます。
二時間強の大人の遠足、
タイムスリップしたかのような、時を超えた大人の遠足でした。
私たちが、日本の義務教育
歴史の時間で習っていることは、事実なのでしょうか?
歴史は、時の勝者によってつくられる。
と言われています。
もしかしたら、その時代から忖度があったかもしれません。
勝者の意向によりつくられた歴史物語が、
何年も語り継がれ、いつしか真実のように伝わっている。
また、語り継がれなかった事実は、人々の記憶から消え去る。
今の世の中にも、フェイクニュースというのがあります。
その根拠は?
情報の出どころは?
冷静に考えたら、おかしなことだらけなのに、
全世界が、経験したことのない混乱の中では信じてしまう。
まるで、戦国時代の出来事が諸説入り乱れて今に伝わっているように、
ネット社会の今では、一瞬にして、入り乱れた情報が広がってしまいす。
そして真実・事実がその陰に埋もれてしまう。
自分の目で見て、自分の足を運び、
自分で調べて、自分で感じて、自分で判断する。
歴史ロマンを感じながら、
そんなことも教えてもらった、大人の遠足でした。
『どうしても、この日がいい。』
と、私のわがままに付き合ってくれた》》》ターキー
そして、『雨でも行きます!』と参加してくださった勇敢な生徒様。
ありがとうございました。
みんながそれぞれの思いで決断し、決行できた大人の遠足。
それぞれの、大満足をいただきました。
自分で決める
自分で選ぶ
って、大切ですね
ポスチャーウォーキング大人の遠足は、
『ただ歩くだけ』を目指していません。
それ以外にも、人生の学びを体験していただける
奥の深い大人の遠足です。
第二弾、第三弾や、
》》》こちらの延期になった大人の遠足も計画中。
明智光秀編第二弾も、実現できたらいいな~
決まり次第、こちらのブログでもご案内いたします。
一味違う大人の遠足を、次回は一緒に歩いて体験しましょう。
身体も思考も、刷新されますよ。
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