半分過ぎてしまいましたが。。。
『茅の輪』とはチガヤを束ねて輪とした祓の具で、6月晦の夕方に神社の境内に竹を立てて茅の輪を吊り、参拝者がこれをくぐるのが一般的です。
夏越の祓・輪越しの神事・六月祓
などとも呼ばれていますね。
左まわり・右まわりと3回くぐるところが多いですが、神社ごとに違います。
夏越の祓は、12月31日の年越の祓と対になる神事で、この2つの神事をあわせて「大祓(おおはらえ)」と呼びます。
どちらも災厄を祓い清める儀式です。
この行事は全国の神社に広く分布していますが、素盞嗚尊や牛頭天王などの出雲系のご祭神を祀る神社に多く見られるんです。
出雲の「須佐神社」では節分に茅の輪が授与されます。全国でも須佐神社だけで、茅の輪くぐりはありません。
この行事の由来として
釈日本紀所収「備後国風土記」逸文
疫隅国社(えのくまのくにのやしろ)の条
昔々、北の海にいらした武塔神(むとうのかみ)が、南の海の神の娘のところヨバイへ行く途中で日が暮れてしまいました。
するとそこには蘇民将来・巨旦将来という2人の兄弟がいました。
兄の蘇民将来はかなりの貧乏
弟の巨旦将来は大金持ち
そこへ武塔神が一夜の宿を弟の方へ頼んだところ、ケチな弟は泊めるのを断りました。そこで兄に頼むと快く迎えてくれました。
ですが貧乏だったため、敷物の代わりに粟柄で座を作り、粟飯を炊いておもてなししました。
数年後、武塔神は8人の子を連れての帰り道に蘇民将来のところへ立ち寄り
「一夜の宿のお礼に何かしてやりたいが、お前の子や孫たちはいるのか?」
と聞かれますと
「私には娘と妻がいます」
と答えました。
すると武塔神は
「茅の輪を腰に着けなさい」
と言われたのでその通りにしますと、その夜に蘇民将来と家族以外の周りに住む人々が、ことごとく死に絶えてしまいました。
そして
「私は須佐之男命である。後の世に疫病が流行れば、お前たちは蘇民将来の子の子孫だと言って茅の輪を腰につけなさい。そうすれば疫病から免れるだろう」
と言われました。
なんだか「まんが日本昔ばなし」にありそうなお話ですよね(^^)
この故事から茅の輪は疫病除け・災疫除けの霊力のある神符といわれています。
8人の子は八方を表します。
そして茅の輪はしめ縄の原型。
須佐神社で授与される茅の輪は「年越のしめ」とも呼ばれ、夏越の祓にくぐる茅の輪と迎年に張るしめ縄は機能を同じくします。
小形の茅の輪を腰に着ける、または首にかけることで疫を避ける呪法ということですね。
須佐之男命は元々、迎年にかかわる暦の神としての性格を持っていることから、この風土記の説話と習合したと考えられています。
そして茅の輪は須佐之男命が八岐大蛇を斬った伝承から「蛇」の形象とされます。
もう1つは「大神神社」の茅の輪くぐりの行事。
大神神社にはご祭神がヨバイに通われた後に、茅の輪と形を同じくした糸の輪が3つ残っていたという伝承があるのですが、この神の姿は蛇体です。
非常に興味深いところですね。
ところでごくごくたまに、茅の輪の茅を引き抜いて持ち帰る人がいるのだとか。
当たり前にマナー違反ですが、それ以前に…参拝者の災厄や穢れを茅の輪に移し、祓い清めるための茅を持ち帰ることは、災厄や穢れを持ち帰ることになりますので、おやめになった方がよろしいかと思います。
6月も残り10日ほどですが、近くの神社で茅の輪をくぐって半年間の厄を祓い、気分スッキリな夏を過ごしたいですね
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