先週土曜日は
歴史作家『関裕二』先生の新潮講座
第3回「邪馬台国から見える天皇の正体」
でした(^^)
今回も盛りだくさんの内容で、目と耳が離せませんでした(^^)
高市皇子の密殺疑惑
長屋王をはじめとする貴人たちの悲劇
秦河勝は◯◯の神だった⁉︎
記録されていない天皇がいたのかも。。。
などなど、これは毎回ですが、古代史に対しての視野がとても広がります
講座でのお話から
「石川郎女(いしかわのいらつめ)」
という女性についてご紹介いたします。
万葉集にも登場する石川郎女は、天武天皇の2人の皇子
「草壁皇子」母は鸕野讃良皇女(持統天皇)
「大津皇子」母は大田皇女
に同時に愛された女性です。
石川=蘇我氏とのこと。
おそらく侍女として宮廷に仕えていたのではないでしょうか。
最初は草壁皇子の思い人でしたが、草壁皇子が亡くなった後か、はたまたかぶっているのかははっきりしませんが、大津皇子とも恋愛関係にあったようです。
大変興味が湧きましたので、私個人でちょこっと調べてみました。
大津皇子の石川郎女に贈りし御歌一首
あしひきの 山のしづくに 妹待つと
われ立ち濡れぬ 山のしづくに
(山のしずくにあなたを待ち続けて立ち濡れてしまいました。山のしずくに…)
石川郎女の和し奉りし歌一首
我を待つと 君が濡れけむ あしひきの
山のしづくに ならましものを
(私を待ってあなたが濡れたという、山のしずくに、私はなりたかった…)
女郎、字を大何児と曰ふ
大名児を 彼方野辺(をちかたのへ)に
刈る草の 束の間も われ忘れめや
(大名児を、向こうの野原に刈る草の一束の間も、私は忘れることができるのだろうか。)
日並皇子とは草壁皇子のことです。
石川郎女は大津皇子には歌を返していますが、草壁皇子への返歌はないようです。
本命は大津皇子か⁇
そんな三角関係も、大津皇子が草壁皇子の実母持統天皇により謀反の罪を課せられ、死を賜ったことにより終わりを告げます。
それによって、草壁皇子が天皇として即位…と思いきや病気で夭折してしまいます。
1人残された石川郎女。。。
彼女はその後はどんな人生を歩んだのでしょうか。
う〜ん、意外に代わりの人を見つけて楽しく過ごした、なんてこともあるかもしれませんね♡
関先生とパチリ☆
7月から月一回第3土曜日に
新潮社講座「天皇と万葉集」(全3回)
が始まります♪
私はすでに申し込んでおります♪
今話題の万葉集から入る古代史の世界、というのも素敵ですね
ご興味のある方、ぜひご一緒しませう

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