※今回もリブログさせていただく。
さて、我々の世代には懐かしい話である。
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昭和43年、9月。日本の空に、巨大が銀色の船体が浮かびあがった。日本初の飛行船、登録番号「JA-001」こと、「飛龍号」が動き出した瞬間だった。日立製作所の最新鋭カラーテレビ、「キドカラー」のロゴマークをかかえた飛龍号は、半年をかけて日本列島を縦断、「キドカラー号」の愛称で親しまれた。
しかし、昭和44年4月4日。運命の日がやってきた。徳島で係留されていた飛龍号は、おりからの低気圧による強風にあおられ、巨大な船体を風に翻弄された。このままでは、飛ばされてしまう。やむなく、エンベローブが切り裂かれた。
日本中に愛された飛行船、キドカラー号が、再び大空に舞うことは、なかった。
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小生も見た。
アドバルーン(これも懐かしい)は田舎でも珍しくなかった。新規開店する電気屋でもあれば、巨大風船は上がった。しかし、これはインパクト絶大であった。
小学校の校庭で見上げた記憶があったが、これに従えば幼稚園の園庭だったということになる。あるいは姉に連れられて小学校で見たのかもしれない。カラフルだというイメージがあったが、こうして写真を見ると案外地味だ。
のちに富士フィルムが”フジカラーで写そう”と派手にCMを流したから混同してしまっているのかもしれない。
今にして思えば、キドカラーといえば飛行船であって、日立やカラーテレビのイメージは幼心にはなかった。
日本人が何かに急かされていた。子供たちがテレビで巨人の星を見ていた。いいおっさんたちもテレビにかじりついてプロ野球中継を見ていた。大学生はゲバ棒を持って暴れていた。多分抑圧も多々あったはずである。
高校の倫理社会で「我々ば疎外されている」という文言があって「そうだったのか」と納得した。納得はしたが解決方法は知らなかった。
>私は、あなたがキリストによって私を赦して
>下さったと信じます。私はイエス様の御名で
>あなたの赦しを受け取り、自分自身をも赦し
>ます。
とあるが、神に許されている以前に、我々は親や同級生や先生によって許されてきたのである。だから人を、自分を許しましょう。
